「それ、どうしたのですか、」
 そう普段通り抑揚のない声で言われた瞬間、幸村は顔に熱が集まるのを感じた。 それを誤摩化そうと顔を背ける所作が自分でも子供っぽく思えて、それが余計に顔に熱を貯める要因になっていたのだが、 それでも絶対にに顔は向けようと思わなかった。何故って恥ずかしいからである。
「…には関係ないだろう、に」
「その傷、相手の忍びにやられたのでしょう」
 ならば、それこそきちんと手当をしなくては。 そう言いながらずりずりと足を滑らすような歩き方で幸村の側に寄り、腰を下ろしたのが横目で見なくても分かった(彼女の歩き方は独特なのだ)。 びくり、と身体が引きつるような感じがして彼女から離れようと思ったのに、それを先回りするかのように幸村の傷口にのひんやりとした指が撫でるように滑る。
「…ッ」
「幸くん、痛いですか」
「い、痛くないに決まっているだろう…!」
「痛いんですね。どうです、じくじくする感じですか」
「し、しておらん」
「するんですね」
「…………うむ、」
 あくまで淡々と確認するような声色に、ついに幸村の肩から力が抜けた。 ええいままよ!と言わんばかりに傷を負っている腕をずいと突き出すと小さく息の抜ける音がした。怪訝に思っての方へ顔を向けると、彼女の口元が微かに歪み、眉も緩やかに曲線を描いているのが分かった。 それが表情筋がやけに凝り固まっている彼女の精一杯の笑みだと言うことを長年の付き合いで知っていた幸村はつられて小さくはにかんだ。
「ああ、結構深いですね」
「そうか?俺はもう慣れているからそうでもないが」
「さっき痛いって言ってたじゃないですか」
「す、少しだけだ!それにが気にすることではないぞ!」
 それは幸村にとって特に他意があって言った言葉ではなかった。心配を掛けさせたくないと言う極々単純な動機から生まれた言葉である。 しかし同じようにそれはにとって眉間に深い皺を二本埋め込むのには十分なものでもあった。 無表情がデフォルトの彼女にとってこの表情の変化はかなりのものなのだが、幸村が気付くことはもちろん、ない。は幸村に気付かれないよう、微かに息を逃がした。
「まずは毒を取り除きましょう」
 さっさと手当を終わらせてしまえ。そう思ったは、眉一つ動かさずに傷口の上下の血流を手ぬぐいでぐいと押さえる。そしてそのまま、
「!ッ!な、なな何をしておる!?」
「毒を吸い出しているんです、痛いでしょうが我慢して下さい」
 傷口に唇を付けてじゅっと啜る。啜りやすくする為に舌で傷口を少し舐めて抉る。 毒を飲み込まないようにあらかじめ持って来ていた空桶にぺッと吐き捨てる。痛みに幸村の顔が歪むのを横目にはそんな動作を何度も繰り返した。
「は、はれんちだぞ…ッ!」
「手当です。どうぞ、大人しくしていて下さい」
 顔を真っ赤にしてぶるぶると震える幸村には小さく首を傾げたが、そのまま続行する。命を前に何を恥ずかしく思わねばならぬのだ。 忍頭の佐助が居れば解毒剤くらいはちょちょいと調合してくれるだろうが、現在は目の前の男のために情報を求め奔走しているところだ。 ならば、帰ってくるまでに最低限の処置は済ませなくては。その思いだけで彼女は傷口に唇を寄せた。
、…、もう、大丈夫だ、もう良いから!」
「本当ですか」
「ああ、痺れもないから平気であろう…」
「はあ」
 は真っ赤になった口の周りを桶にある冷たい水でゆすぎ、鉄の味の広がる口内も同じく漱いて桶に吐き捨てた。 あまりに女らしくない所作だが、彼女はあまり気にしていなかった。 しみますよ、と断りを入れてそのまま、幸村の傷口も冷水で綺麗にし、包帯を巻き付ける。
「終わりました」
「……うぅ」
「?どうしたんですか?」
は恥ずかしくない、のか…」
「ただの手当が、ですか」
「お、おなごがそう易々と他人に、くッ、唇をよせ、るなど!は、破廉恥ではないか!」
「…そう考える幸くんの方がよっぽど破廉恥です」
「なッ!」
真っ赤になって今にも叫びだしそうな幸村を見て、はまた緩やかに唇を歪めた。図星ですか?そうからかいを乗せた言葉に、次の瞬間幸村の叫びが上田城にこだました。

「や、やっぱり破廉恥でござるぅうぁうあぁぁああぁ!」

 ちなみにすっかりテンパった幸村が思わずを突き飛ばしてしまい、そのまま二人で倒れ込み、野太い悲鳴が上がるのはまた別の話である。