くあ、と欠伸をかみ殺す。首、肩、腰、腕、手首の関節という関節を伸ばしてやるような気持ちで思いっきり伸びをすると、横でかりかりシャーペンでプリントに数字を書きなぐっていたと思えばペンをくるくる器用に回していたワクが怪訝そうな顔でこっちを見つつぽつりと一言、
「……豪快な伸びだなお前」
「うっさい」
 なんて言う。
 こう言うのは真顔で指摘されると少し恥ずかしいものがある。思わず目線を逸らし、それを誤魔化すためにワクのベッドの脇においてある目覚まし時計を見つめる。短針と長針によればただ今の時刻、三時十二分。いわゆるおやつの時間だった。数字と睨めっこすることにすでに飽きて放り出している私からするとこれは宿題を放棄出来るチャンスなわけで。今にも快哉を叫びたいのをぐっと堪えながら私は真剣そうな面持ちで数字を書き連ねるワクの洋服の裾を引っ張る。
「ねーワク」
「……んだよ」
「おやつ、食べようよ」
「はあ?」
 何言ってんだこいつ。
 そんな気持ちがありありと表れている表情をどうもありがとう。
「だって勉強飽きちゃっただもん」
「飽きちゃったんだもんじゃねーし。だもん言うな、だもんって」
「酷い、私がだもんって言って何が悪いんだ」
 わざと頬を膨らませながら、拗ねたように言う私をじぃと見つめ三点リーダをたっぷり溜め込んだかと思うと、ワクはきっぱり言い放つ。

「………………全部?」

 ぷつん。
 その言葉を聞いたとき、何かの回路が切れた音がした、気がした。

「……ワク」
「な、なんだよ」
「古典」
「は、」
「古典教えてやらねーぞこら。ああ?あんたちゃんと口語訳出来んの文法は意味はレ点は書き下し文はどうなの出来る?ねえ、出来るの?」
「ちょ、、」
「この前のテストどうだったよ、小テストだったからまだしも定期テストであの点取ってたらやばくなかった?ねえ、成績落ちると小遣い減らされるから教えてって言ったのはどこのど「わ、わかったから!、落ち着け!」……もご、」
 目の前には真っ赤な顔で私の口を押さえるワクの姿。もう一方の手は自身の顔を隠すように覆っていた。その様子がかなり可愛いと思ってしまった自分に軽く絶望する。まさか。いやでも今はそれより、
「(手ぇ離してくれないかなぁ)……ふぁふ、」
「……、」
「……んぐう」
「…………っ、と悪ィ……!」
 ぷはぁ、と息を吐けばワクが気まずそうにこっちを見た。そわそわと落ち着きなく揺れる拳は私に伸ばすべきなのか、自分の膝に置くべきなのか逡巡しているようだ。しばらく視線を宙に彷徨わせていたかと思えば意を決したようにして私を見てきた(くそう、眩しいなぁ!)。
「あー……なんつーか、その、怒らせたんなら謝るし、さ」
「別に怒ってない」
「それを怒ってるっつーんだよ。……じゃなくて!そうじゃなくてよ、オレ考えずに言ったりするからお前怒ったんだろ?」
「……」
「自分でも分かってるんだけどなァ、やっちまうんだよな。ごめんな」
「……うん」
「ごめん」
「もういいってば、私もちょっとガキすぎたもん」
「いやでもよぉ、」
「おやつ、」
「は?」
「一緒におやつ食べよ。それで終わり。ね?」
「……おうよ」



とある夏のとあるはなし
( そう言って笑い合いながら食べたアイスはすごくすごく美味しかった )