あれ、随分髪の毛伸びたんじゃない?
日の当たる縁側に腰掛け、ぼうと考え事をしていた背後から唐突に掛けられた言葉と首筋に触れられた(正確に言うならばその付近の髪の毛なのだが)冷たい手に、はびくりと身体を震わせた。足下に這わせていた視線を恐る恐ると上げて振り返ればそこには案の定、忍びがひとり。
「……さ、すけさん?」
「あ、驚かせちゃった?ごめんねー」
「いえ、別に気にしていませんよ」
そう?ならいいけど。そう言いながらへらりと笑った佐助にもつられて小さく口の端を持ち上げたものの、後ろから気配もなく声を掛けるのは、正直心臓がすり潰れそうだから彼女としては勘弁願いたいところだった。しかし、面白がっている節のある彼にそんなことを言っても、きっと止めてくれないであろうことは分かりきっていたので、彼女は言葉を飲み込む代わりにそっと疑問を吐き出した。
「それで、何の御用でしょうか?」
「ん、特に用ってわけじゃなかったんだけど。何となく暇だったから声掛けただけなんだよな、正直」
「そうですか。ではお茶でもいれて来ましょうか?」
「いや、別にいいや…………あ、じゃあさ、俺様から一つ提案があるんだけど」
「何でしょう」
「ちゃんの髪の毛切らせてよ」
「…………は、」
ひくりと引き攣りかけた頬をは無理矢理引き戻した。
たっぷりの疑問を染み込ませた視線を投げ掛けても佐助はただ飄々と笑うだけで何も答えない。「なんで、またそうも突然に」
「だって俺様前の長さの方が好きなんだもんよ」
「や、そう言うことではなくって、」
「ね、いいじゃん」
「いえ、でも佐助さんのお手を煩わせるわけには」
「暇だからやりたいんだよ」
「う、」
「それとも信用出来ない?」
「……そういうわけでは、ないです」
おどおどと視線を彷徨わせる癖に、それでも首を縦に振ろうとしないに佐助は止めの一言を言い放った。もちろん、気落ちした様子を装い沈んだ雰囲気も作り出して、である。
「あーあ、俺様傷ついちゃうなー」
「!」
「ちゃんは俺様の折角の好意をそうやって無下にするんだ?酷ぇなあ…」
「…っ、そんな風に言わないで下さい…。私の髪なぞ好きに弄って構いませんか、ら…」
が眉を緩やかな八の字に描きながらそう言った途端、佐助は嬉々とした様子で懐紙と鋏を懐から取り出した。それを見た瞬間、自分が通例のごとく嵌められたことに気付いたが、しかし全てはもう後の祭りである。立ち上がりかけた瞬間、まあまあ、なんて軽く肩を押され、彼女は縁側のふちにもう一度座らされた。
切った髪の毛が着物の中に入らぬようにと首に手ぬぐいを巻かれ、切った髪を回収しやすいようにと周りに懐紙を敷かれる。まさに準備万端だった。
今までの態度はこの為の布石か、と彼女は思ったが、しかし実際佐助は髪を切るのが上手いし、別に彼に切られるのが嫌なわけではないのだ。ただ、そこに至るまでの手順が少し、如何なものかと思うだけで。
「じゃあ、早速切るよ」
しゃき、しゃき。
耳元で聞こえだした金属が触れ合う音は、少し怖くて、こそばゆくて、でも気持ちが良かった。ひんやりとした佐助の手がさらさらと自身の髪を梳いていくのに任せて、はそっと瞳を閉じた。
「佐助さん」
「なに?」
「気持ち、良いです」
「……うん」
背後から急に触られるのはやはり驚いてしまうから嫌だけれど、こうやって触ってもらうのは安心するから良いなあと思いながら、はふふ、と息を洩らした。