ずっと自分に従順で時折見せる反抗すら計算のうちで、むしろ面白いからそうなるように仕向けたつもりだったのに、それが実は全部自分の意図から外れていた気持ちはどうですか?ねえ、驚きましたか失望しましたか落胆しましたかそれともむしろ喜ばしいことですか?私は至って平凡で凡庸な人間ですから想像出来ないのですよ。差し支えなければ今のお気持ちを教えて頂けないでしょうか?別にですね、私はゲームにいくら負けようが失敗しようが良いのですよ。一回の勝利が九十九回の敗北に勝れば良い訳ですから。譲れないポイントさえ押さえられれば良い訳ですから。だって私普通の人間ですもの、勝ち続けることなんて出来ないでしょう。でも一回くらいならば。他の人が力を割いていないところに全力で挑めば凡人の私でも勝機は見えると思いませんか?
 そうつらつらつらと言葉を並べ立てる私の様子に臨也さんはぎゅうと眉根を寄せた。
「何時になく饒舌、だねえ」
「それはそうですよ。だって、ねえ。あの臨也さんが。素敵で無敵な情報屋さんである折原臨也さんが。こうもみっともなく私に組み敷かれているんですよ?これほど面白いこと、私はないと思うのですけど」
「でもさ、たったこれだけのために君は一年も費やしたの?時間の無駄だと思わないのかな」
「時間こそ費やしましたが無駄だなんて思ってませんよ。ただちょっと私が至らないために遠回りになってしまっただけですから。ああ、ほら、例えば貴方が人間の中で唯一嫌いな平和島さん。あの方の力だったらこんな状況一瞬で作れたでしょうし」
「何でそこでシズちゃんが出てくるわけ?って言うかそろそろ離してほしいんだけど。仕事が終わってないんだからさあ」
「うふふふ、せっかちですねえ。別にちょちょいとメール送るだけじゃないですか。今日くらいお休みしたって構わないと思いますよ?」
「生憎と情報屋は信用と信頼が売りだからね、休んでる暇はないんだよね」
「あらそれは残念。じゃあ今夜は臨也さん、信頼を回復するために徹夜しなくちゃいけませんねえ、可哀想に。これも私の所為ですか?」
 うっそりと。思わず恍惚とした笑みが浮かぶのを止められない。ああ、ああ、その顔。その顔が見たかったのです。自分は常に蚊帳の外で返り血も反吐も浴びない安全なところからしか手を加えない、そんな卑怯で臆病な貴方を、ただの駒でしかない自分の非力な腕で引きずり落とす。そんなことをしたらこの人は一体どんなに惨めで素敵な表情を浮かべてくれるのかしら。そんなことをここ数年考え続けていたのだ。
「手錠なんて悪趣味」
「うふふ。私は良いと思いますよ?黒とシルバーってよく合うじゃないですか。ちゃらちゃらと安っぽいアクセサリーよりよっぽどお似合いです」
「っ、そりゃどうも、」
 ぎりり。ぎりりりと。食いしばられた歯から臨也さんの余裕が普段と比べてないことを知る。ああ、やっぱり“人間”ですものね。追いつめられれば余裕って、なくなりますよね。それにしてもこの人、人間を愛してると常日頃から公言して止まないけど、それってつまり自分も含まれるのかしら。だとしたらなんて壮大なナルシズムなのだろう。ねえ、臨也さん、どうなんです?
「自分、を含む訳がない、っだろ」
 そう言うことらしい。残念、それはそれで面白いと思うのだけども。水面に映った自分に恋をしたナルキッソス。哀れにも睡蓮の花になってしまった美少年。良くお似合いだと思うのに。
「さっきも言ったけど、そろそろ離す気は本当にないわけ?」
「そう言われるほど離したくなくなる乙女心、分かりませんか?より一層臨也さんの歪んだ顔が見たくなってきました」
 ちゅう、と。
 何となくほっぺたに吸い付いてみる。そのまま唇を滑らせながらえらを通過し、のど仏へと到達した。ちろ、と舌を這わせれば組み敷いた身体がびくりと反応する。やっぱり首が弱いらしかった。可愛いなあ、本当にこの人は哀れで可哀想で可愛そうだなあ。
「きもち悪いんだけど」
「私は気持ち良いです」
「俺の感覚を説明するのに君の感想意見はいらないよ」
「相手の意見を取り入れて昇華するからこそ、人は更なる発想へと至るのでは?えっとなんでしたっけ、しおう?しよう?」
「止揚。アウフヘーベン」
「そうそれ」
は本当に馬鹿だね」
「ええ」
「本当に、馬鹿」
「だからこんなこと仕出かすんですよ」
「……」
「終わったら、もう来ませんから」
 その代わり今だけは貴方を独占したいのです。そう、だって何時だって貴方が見ているものは“人間”であって“ ”そのものではない。あくまで人間と言う種類にカテゴライズされただけのもの、別にこの場に居るのが私でなくて別の人物でも構わないのでしょう。だって愛しているのは人間であって個人ではないから!
 ──だからこそ。それだからこそ、普段人間と言うフィルターを通してのみ向けられるその瞳が、このほんの数分だけでもとして見てくれるなら。そんな愚かな欲望のためだけに私はこの一年を費やしてきたのだ。あくまで従順に、時折反抗し、最後には縋って。じりじりと焦らさせるような時の中でゆっくりと貴方との距離をつめてきた。誰が見ても馬鹿にするようなこの一年は、でも私にとってはけして無駄ではなかったし、全く苦でもなかった。ああ、でも。

「でも、私を嫌いにならないで、見捨てないで、けして拒絶しないで」
「もちろんだよ、だっては人間だもの」

 結局こうなるのだったら、いっそ理性なんて捨てて獣になりたかった。



自暴自棄