それがイケナイ考えだということくらい、もちろん分かっていた。
が、そんな罪悪感を遥かに上回る好奇心が、私にそれを実行させたのだった。どうか皆さまも、あのカタブツくんが狼狽え、初心な反応を見せてくれるところを想像してみてほしい。恐らく私と同じように笑えてくるはずだ。つまり、これは不可抗力の一種なのだ。
「くん!なな何をして……」
そして目にした、彼の慌てふためく様子に私は満足した。しかしそれはあくまで私だけだし、このまま放置するのも可哀想だろう。私は、にやにやと笑みを浮かべながら、種明かしをしてあげることにした。
「──夜這い」
「え?」
「だから夜這いだよ、石丸くん」
そう、私の脳裏に過ぎった考えとはこのことだった。そのきっちり着込んだ制服を、如何にも堅物で真面目な表情を崩してやりたいと思ったのだ。そしてそのために、夜中に神妙な顔をしてインターホンを押し、そのままマウントポジションへと持ち込んだのだった。
「そ、そんなはしたないことを女子がしてはいけないだろう!」
「それは男子ならして良いって意味?別に平安時代でもあるまいし、女子の方から赴くのもいとをかし、なんじゃないかなー」
「そういう意味で言ったわけではないぞ!くん、君は一体何の意図でこんなことを……」
私は思わず嘆息した。そして苦笑と共に言葉を吐き出す。
「あのね、意図なんて一つしかないに決まってるじゃない。それに言っとくけど、私は好きでもない奴にこんな阿呆らしいことをするほど暇でもないよ」
ここまで言えば、分かるだろう。
そう思ったのだが。
「ならば、僕の上から降りたまえ!僕はもう充分驚いたし、君も満足したんじゃないか?」
「……っ、な、」
無性に、腹が立った。自分から仕掛けておいて何だが、これは怒っても良いはずだと思った。が、身体の方は勝手に、盛大なため息と共に脱力してしまう。握り締めていたはずの拳も気付けば力なく添えられているだけで、ようやく絞り出せた言葉は「あんた、ばかだろ」だった。
「バ、バカとはなんだ、バカとは!君にそれを言われるとは思わなかったぞ……!」
ぎゅう、と両手で石丸の学ランを握る。皺になるじゃないか、と声がかかるが、そんなのはもちろん無視である。
「鈍いにもほどがある……」
「なんか言ったか?」
「……石丸清多夏くんには風情も趣もないし人の気持ちも読めないのだなあと言いました」
「な!そんな、僕を襲う気もなかったくせによく言うじゃないか!」
「え、」
思わず顔を上げる。
「ふふん、何故分かったと言う顔をしてるな?それは実に簡単なことから推測出来る!何故なら!」
「……なぜなら?」
「くんはそんなことしないだろう!僕は今までの付き合いでそれを知ってるつもりだぞ?」
「…………うわぁ」
ずるい、だろう。それは。そんな、きっぱりと言い切られたらどうしたらいいのか分からない。かぁ、と自分の頬が一気に熱を帯びるのを感じた。
「い、石丸、」
「まあ、それは最初こそ驚いたが……でもその、夜這いにしては色気が足りないと言うか、」
「……」
「そんなTシャツに短パンという格好で迫られても、興奮する奴は中々居ないだろうに」
「…………、か、な」
「え?」
「言いたいことは、それだけかな、と言ったんだ、」
「……ど、どうしたんだ?目が据わってしまっているぞ……?」
「ふ、ふふふふ、」
一瞬前と違って、今の私の額には、それはもう見事な青筋が浮かんでいるのだろう。ピクピクとこめかみがひくつき、顔面が歪んだ気配がした。が、にこり、と浮かんだそれはあくまで微笑の形を保ったままだった。
流石に不穏な気配を察してか、石丸が身を捩らせるものの、私がそれを許すはずもない。マウントポジションという、絶好のポジショニングはまさにこのためだったのだ。今ならそう思える。
「──大丈夫、まだまだ夜は長いからね」
私の笑みは一層深まった。
墓穴で自爆、手間要らず