「……」
は思わず固まった。目の前に広がる光景に少しだけ眉を顰めた。
「……なにを、しているんですか?」
「!んな、……いや、な、なんでもないのだが…」
「何でもなく、こんな夜中に鍛錬をするのですか。昔、風邪を引いてはいけないからと約束したはずなのに…」
「……す、すまぬ」
そう謝られても困ります、そう無表情に言い切ったは彼女が夜中にでも縫おうと思って持ってきていた手ぬぐいでぐいぐいと幸村の額を拭った。
大人しくされるがままだった彼が困ったように眉を寄せ、あとは己で出来ると言うと彼女は小さく息を吐きながら手ぬぐいを彼の手に押し付ける。
「……こんなに汗を掻くまでどうしたんですか、まさか毎日やっていましたか?」
「…いや今夜は久しぶりにやっただけだ」
「久しぶり?」
「!こ、これは、その…」
「……もう」
そのあとに続くはずだった言葉は彼女のため息にかき消された。伏せていた瞳をじとりと持ち上げて幸村のことをただ見つめる。言葉はない。
だが、目は口ほどに――今の場合はそれ以上に――語る。だらだらと冷や汗を流し始めた彼を見て、彼女はもう一度だけ息を吐いた。
「で、結局どうしたのですか?」
「……し、くて、だな」
「え?」
「どうにも寝苦しくて、だな。身体でも動かしたら疲れて眠れるだろうと思い」
ぱちくり、と。
は伏し目がちの瞳を瞬かせた。は、と顔を上げれば酷く居心地悪そうに視線を泳がす幸村が居る。
「……珍しいこともありますね」
「…うむ」
普段の良く寝、良く食べ、良く働き、そしてまたよく寝るそんな幸村が彼女との約束を破ってまでするのだから、よほどに違いない。
どうして、と喉まで出かかっていた言葉はすんなりと腹の中にまで滑り落ちる。ため息の代わりに、そっと彼の手を取り、そのまま彼女は歩き出した。
「!な、、何を」
「いえ、もう十分動いたでしょうから、汗で寝冷えをしない内にお布団に入って頂こうかと」
「……そうか」
本当は“わざわざ子供の手を引くようにしなくとも良い”と言いたかったはずなのに、彼女の手の冷たさに何も言えなくなる。
こんなに手が冷えるまで仕事をしているのだろうか。それとも元々手足が冷えやすい体質なのだろうか。
思わずじいと繋がれた手を見つめていると、視線に気付いたらしい彼女が不思議そうに目を瞬かせる。
「どうかしましたか」
「…いや、なんでもないのだが、」
「そうですか?…ああ、もしかして手を繋ぐのは嫌でしたか」
子供の時みたいですものねと薄く笑いながら離された手を幸村は反射的に追いかけた。
がしり、と掴まれた自身の手首をは困ったように見つめた。「…どっちです?」
「お、思わず、掴んでしまっただけで俺にも何故だか…」
「そう、ですか」
そう呟きながらは幸村が掴んだ手とは反対の掌を思案するようにして顎に当てた。こてりと頭を傾がせながら瞑目する。
「?」
「……いえ、何でもありません。幸くんは明日もお仕事があるでしょうから早く寝ましょう」
今までの頬の赤さが嘘のようにまた無表情となったは、幸村の手を取ったままずりずりと例の歩き方で彼の部屋へ向かって歩き出した。
さらりと目の前で揺れる髪の毛を見つめながら、幸村は小さく笑った。
繋いだ彼女の手はすっかり温かくなっている。自身の体温が彼女に渡ったのかと思うと無性にこそばゆいような思いがした。
熱い指先