ぱん!
そんな音が間近で鳴った。びくん、と思わず震えれば前の席に座る叶くんは少しだけ申し訳なさそうに顔を歪めた。でも私を見つめる瞳は真剣そのものだ。黒くて猫みたいに大きな目がじっと逸らさず私を射抜く。あ、な、なに……?、となんとも情けない声が私の喉から絞り出されたのを合図に彼は一言言い放つ。
「──わり、。宿題忘れちまったんだ。……良かったら見してくんね?」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔、と言うと多分今の私のような顔なんだと思う。半開きになっていた口を慌てて塞ぎ、私は叶くんのことを見る。困ったような笑みを浮かべながら手を顔の前に拝むように合わせ、椅子に反対向きに座ってぎぃぎぃとそれを揺らしている様子はちょっと可愛くて……って違う!
「しゅ、宿題?」
「そ、宿題。五限の数学、プリント出てたじゃん。あれ、やってくるの忘れちまってさ」
「あ、それならいいよ」
普段はちゃんとやってるみたいだから、ちょっと珍しい。どうしたんだろう。
私がそんなことを思いながらプリントを差し出すと、叶くんは良かったー!織田に聞くの何か癪でさぁ、なんてにひひと笑いながら目の前で合わせていた手を解いた。椅子を前後に揺らしながら私からプリントを受け取り、それを見て安堵の息を漏らす叶くんはちょっぴり可愛くて……ってだから違う!
煩悩退散煩悩退散、と思わず頭を振った私を叶くんは怪訝そうに見つめ、大丈夫か?なんて心配そうに問うてくる。私はそれが恥ずかしくて、俯きながらさらに首を振った。……顔が、熱い。私は熱くてしょうがない顔を伏せたまま叶くんに宿題、写さないの?と小さな声で問う。それを聞いてやべ!これ借りるな!と笑って言ってから机に向かう叶くんをみた私は後ろでそっと安堵の息を吐いた。
ああもうどうかこの赤くなった顔が見られていませんように!
プリント一枚の距離
(……なあ、、ここ間違ってるんだけど)(え、嘘…!)(…教えてやろうか?)(お、お願いします…っ)