その時は苛立っていた。
ぱっと見ただけでは至って普段通りであった。が、しかし実際彼女は、今羽織りに縫いつけている真田家の家紋を、横に一本線を入れることでただの二串の団子に変えてやろうかと本気で悩む程度には苛立ちを募らせていたのである。
何故って痛いからだ。
月に一度訪れる例のものに彼女は悩まされていた。普段はもっと軽くすむはずの痛みも今日に限って、やけに腹に響く。何度も撫で擦っても痛みが引くことはなかった。普段、塗り薬などをお世話になっている佐助には、理由が理由なだけになんとなく痛み止めを貰うのは憚られる。そのため彼女は朝からずっと眉を寄せる羽目になっていた。
「……はあ」
「何、どうしたの。そんなため息なんて吐いちゃってー」
「!」
急に背後から聞こえた声に彼女はばっと勢い良く振り向いた。そして急に振り返ったことで響く痛みに小さく眉根を寄せた。
「……そんな嫌そうな顔しなくて良いと思うんだけど」
「!、あ、今のは違、……っ、ぅ」
眉間の皺を勘違いされたらしく、は慌てて弁解をしようとしたが、再度訪れた鈍痛に彼女は結局また顔を顰めることとなった。その様子に佐助は小さく首を傾げる。普段あんなに表情筋を動かすことが苦手な癖に、今日は何故か盛大に嫌そうな顔とは言え、表情がよく動くのである。珍しいこともあるものだと彼は鼻を鳴らした。
「ふぅん?」
「あ、あの、本当に違うのです。今日は少し、」
「少し?」
「……いえ、なんでもありません」
「なんだよ、気になるだろ」
「本当に、なんでもないのです」
頼むから自分のことは放っておいて欲しい。そう思うとは反対に、佐助はそんな彼女の様子に興味を覚えたらしい。好奇心を彩らせた瞳で何故、と問うた。
「…………う、」
「だって普段は全然表情変えない癖にさあ、今日に限ってやけに顔を顰めてくれるじゃない?本当、どうしたのよ」
そう良いながら佐助はの額にこつりと自身の額を当てた。目を逸らされないようにと頬に手を添えてやれば、彼女の顔は面白いほどに羞恥に染まる。こくり、と彼女の喉から唾を飲み込む音がした。
「は、離して、下さ…い」
酷く困ったように眉を寄せるの姿を見つめながら、佐助は何故自分がここまで彼女自身から事情を聞き出すことに、拘っているのかが良く分からなかった。しかし彼女のそう言う表情を見ていると楽しいことだけは確かだったから、きっとそう言うことなのだろうと一人勝手に納得する。
「俺様に隠し事だなんて、ちゃんは酷ぇの。普段何でも相談してくれる癖に」
「な、なんでも相談した覚えなんて、ありません…!」
「え、そうなの?それは余計に傷ついちゃうわあ」
「……い、意地が悪いですよ…」
居たたまれない様子の彼女が困ったような、しかしどこか押し返す力のある瞳で佐助のことをじっと見返した。ぎゅうと寄せられた眉の理由をすでに把握した彼は、からかうのもそろそろ止してあげようと、自分にしては寛容なことを考えながら、頬に宛てがっていた手を離す。
「嘘、ちゃんと痛み止め持って来てあげるよ」
「え?」
「痛いんでしょ。なんならついでにお腹も擦ってあげようか?」
にい、と思わず自身の唇がつり上がるのを意識しながら、彼女の腹部をさっと撫でれば喉の奥が引き攣ったような悲鳴を上げたので、佐助は大いに声を上げて笑った。
には悪いけれども、どんな時であっても彼女を弄るのは楽しいのである。