愛してる。
 俺はふと、その一言をに告げたことがなかったなと思った。
 が側にいることになんら疑問を覚えていなかったのだ。同時に世間で言うところの恋人関係になってから今の今まで、一回も言ったことがないのはおかしいことのような気がして、すると何だか無性にその一言を告げてみたいという欲求が湧いてきた。
 一体、その一言を言ったらどんな反応をしてくれるのだろうか。出来れば可愛い反応が見てみたいが、案外淡白かもしれない。

「ん」
「おいって」
「ん……何、」
「あ、」
「あ?」
「あ、ぃ…………あ、のよ、お前さ、プリン食うか?」
「んーありがとー」
「……おう」
 そう思って口を開いたはずなのに、気付けば全く別の単語が口を飛び出していた。大したことも言っていないくせに、かっかと顔が火照り、まるで手紙で呼び出して告白する中学生さながらの緊張ぶりである。
しかも当の本人はと言うと、俺を尻目にすでに本の世界へと帰ってしまっている。今から言い繕える気がせず取り合えず引き下がるが、たったの五文字の言葉すら言えないだなんて情けない。これが池袋の喧嘩人形とまで言われた男か。
 ひとつ、冷蔵庫の前で深呼吸した。うるさい心臓を無理矢理押さえ込む。おし、と気合いとプリンを携え、再びソファでくつろぐの元へと戻る。
「ほら、プリン。……あと、あ、あいして、る」
「ん、ありがと……う、……」
 ぴたり、との動きが固まった。「ど、どうした?」何か不味ったかと思わず顔を青くする。ぎぎぎぎとぎこちなくは顔をこちらに向け、
「…………っえええぇえ!!?ちょちょ、ちょ、静雄くん、今なんて言った!?もう一回、もう一回言って!!」
「え?」
「え、じゃない!今!なんて!言ったの!?」
「わ、分かったからがくんがくん揺さぶるのは止めろ!」
「あ、ごめん!」
 ぱっと一瞬離れた小さな手が今度はひかえめに、しかししっかりと意志を持った力強さで裾を掴んできた。その予想外の反応に戸惑う。あれ、こいつこんなキャラだっけ?
「で、でも今、…………っふ、く……ひっ」
「!!?な、何で泣くんだ!?ど、どっかぶつけたのか!?」
「ど、どこもぶつけてねえよ……嬉しいから泣いてんだよばかぁ……!」
「う、うれ……!?」
「だ、だって、静雄くん、一回も言ってくれたことないじゃんかよぅ……わ、私が言っても顔真っ赤にしてそ、そんな軽々しく言うなって怒る、し……!」
「そ、それは外で言うからだろ……」
「す、好きなもんを好きって言って何が悪いんだよばか!」
 くしゃりと歪んでいたの顔が今度は酷く険しいものとなり、俺はと言えばそんなの表情の移り変わりにすっかり付いて行けなくなっている。
「だから静雄くん、もう一回言って!」
「はあ?」
「台詞に中途半端に混ぜないでもう一回。い、言ってるこっちも恥ずかしいんだからさ……ね?」
 でも、
「あ、愛してる」
「……私もすげえ、好き。超好き、大好き。愛してる」
 なんか、よくわかんねぇけど、
「……ふふ、なんか急に気が抜けちゃったなあ……」
 ──悪くねぇ。
 俺のたった一言にこんなに色んな表情を見せてくれたことがこんなにも嬉しいとは思わなかった。手のひらでとっさに隠した唇がニヤついてしょうがない。そんな俺を不思議そうに見上げてくる様子すら愛おしい。
 これからはもっと頻繁に言ってやろうと強く思った。怒った顔、困った顔、笑った顔、嬉しそうな顔をするをもっともっと、それこそ全てを見てみたいからだ。


「……だから精々、覚悟してろよ?」
「?」



五文字の魔法