何時になく寝苦しくて目を覚ました。
 思いっきり骨を鳴らそうと伸びをしかかったところで、私ははたと気付く。動けない。あれ何でだどうしたんだろうと浮かんだ疑問は目の前に広がる白い布のお陰で直ぐさま解消されることとなった。
「静雄さん」
 そうだった、昨日は二人で仲良く酔っ払って帰ってきたのであった。でろでろの静雄さんは私を抱き枕か何かと勘違いし思いっきり裾を引っ張って布団へと引きずりこんだのである。あの時聞こえた布の裂けるような音を私は忘れない。ような、って言うか思いっきり洋服の裂けた音だった。割とお気に入りだっただけに大変遺憾である。
 すっかり酒の抜けた、しかし血液が回らずにぼんやりとする頭で果たして相手を起こすべきか否か迷う。恐らく二日酔いになっているであろう相手を叩き起こすのは悪いように思う。でも起こさなきゃそれはそれで私にとって不都合だ。足まで絡められては満足に動けやしない。
「静雄さん静雄さん、」
 離してくれないかなあ、と言う淡い希望と共に相手の胸元をぺちぺちと叩く。静雄さんの眉間に皺が寄る。もう一度叩く。唸り声と共に何故か拘束が強まった。しまった。やってしまった。しかもちょっと痛い。
「……ふむ」
 何だかすっかり目が冴えてしまっただけにこの状況はなんと言うか居心地が悪い。何時になく布団が暖かくて気持ち良いとか人の体温が実は心地良いとかそんなことを抜きにして恥ずかしい。そっと見上げた静雄さんの寝顔はサングラスがない所為かやたらと幼く見える。可愛いと思ってしまった自分が居たことに一人赤面した。
「ん、」
「!静雄さん、起きましたか?」
「……あと一時間……は寝る……」
「な、長いですってば……!」
 ──早く起きて頂かないと羞恥で爆発するに違いない。どうしよう、ほんとうにはずかしいのだけども!
 そんな必死な思いが伝わったのだろうか、しばらく唸り続けていたと思ったら静雄さんの目がうっすらと開き始めた。ぎゅ、ぎゅと寄せられる眉間に思わずひぃと声も漏らした私はけして悪くないと思う。このままさば折りされたらどうしよう。そんな余計な心配と共に静雄さんの目が開いていく様子をじっと見つめる。
「ん、ん……まだ眠…………ってうおッ!?、な、何で」
「あうッ」
 静雄さんが私から勢い良く離れた反動でこちらまで衝撃を受けた。ばっちりと開かれた目はいかにも混乱してます、といった感じで思わず笑ってしまった。静雄さんの眉間の皺がさらに深くなる。
「……まさか、」
「いやいやいやいや、そのまさかじゃないので!寝ぼけていたのでしょうがないことです!」
「じゃあやっぱりそうじゃ…………う、痛ッてぇ……!」
「ああ、どう見ても二日酔いですよ……。水取ってきますね」
「わ、わり……」
 大分辛そうに頭を押さえる様子に静雄さんでも二日酔いって辛いんだなあなんて失礼なことを考えながら、私はコップにどぼどぼとミネラルウォーターを注ぎ込んだ。二日酔いに効きそうな薬なんてあったかなあと一応薬箱を見てみるが、元々二日酔いなんてものに縁のない自分がそんなものを買っているはずがなかった。取り合えず後で薬局に行こうと思う。
「どうぞ」
「悪いな、貰うわ」
「いえお気になさらず。まあ、今度は気を付けて下さい」
「ここお前ん家?わざわざ運んだのか?」
「まあ、近かったですから大丈夫ですよ」
「でもよ、重かっただろ。身体、平気か?」
「ご心配には及びません、これでも鍛えてるんですよ?」
「そうか、……ありがとうな」
「いえいえ」
 そこまで言ってようやく気が済んだらしく、つい先ほどまであわあわしていた静雄さんはどこか居心地悪そうにベッドの縁に腰掛けた。そしてごそごそと胸元を弄ったかと思うとくるりと顔を向ける。
「煙草……服どこにやった?」
「あ、ごめんなさい。寝苦しそうだし皺になっちゃいけないかと思って脱がせたんです」
 ちょっと言い訳っぽいかな、そう思いながらも椅子にかけたベストの内ポケットから煙草とライターを取り出し、静雄さんに手渡す。
「おう、悪いな。……煙草吸って良いか?」
「どうぞ」
 ふわりと寝室に煙が広がり始める。ちら、と静雄さんの方を伺った。後悔した。
(……事後みたいとか思っちゃうの、ジカジョーってヤツだよなあ……)
 これも静雄さんがえろい所為だと思う。ベッドの縁に腰掛け、ちょっと寝起きの気怠そうな雰囲気を醸したまま煙草を吸う様子をえろいと言わずして何と呼ぶ。何となく、視線をやるのすら悪いような気がして、でももう一度寝る気にはもちろんなれない。困った。思わずため息の零れた自分を誰が責められようか。
 何とも言えない雰囲気が漂う中、静雄さんがぽつりと呟いた。

「良かった、まさか覚えてないとかそんなあり得ねえことになってんのかと思った」
「あはは、元からその状況があり得ませんでしたねー」
「…………本当にあり得ないか試してみるか?」
「!?」
 静雄さんならあり得ても良いと思う自分が居るだけにそれはご遠慮願いたい!



まだ酔ってるの?