すぅ、と息を吸うのと同時にフィルターの先が赤く灯る。ふーぅと吐かれた息と共に紫煙が空中で踊った。
静雄さんは本数制限をしていると言うけれど、それでも吸いすぎだと思う。煙草を箱買いする時点で駄目だ。バーテン服、グラサンと同じく静雄さんのイメージを構成するものの内に煙草は絶対に含まれているだろう。この人が暴力で死ぬなんてことはけしてないだろうけれど、ニコチンにだったらあり得ないことじゃないなあとこっそり思っている。
壁にずるりと背を凭れさせながら私は新たに吐き出された煙に指を絡ませる。当たり前だけど指先から細く細く、しゅるりとすり抜けていく。
「何してんだ」
「いえ、何でもないですよ」
何となく、静雄さんから出てきたものをそのまま虚空へ消えさせるのは勿体ないと思っただけだ。言ったら気持ち悪がられそうだから言わないけれど。化け物じみた身体とは反対に中身はどこまでも真面目で誠実な至って普通の人なのである。
「煙いのが嫌なら消すけど」
「嫌じゃないです。どうぞ吸っていて下さい」
ふぅん、と気の抜けた返事と共に静雄さんは再びせっせと煙を量産し始めた。
同時に私の肺に吸いたくもない煙が流れ込んできて、衣服は知らぬ間に毒にへばりつかれている。副流煙とは、じんわりと相手の吐く毒に犯されていくことだと私は勝手な解釈をしている。そう、今みたいに。
「っこほ、……」
──あ、と思った。思考に気が逸れていたのと煙が思っていたよりも勢い良く肺に流れ込んだ所為でむせてしまう。静雄さんのこめかみがぴくりとヒクついた。と思えばさっきまで有害物質を生産していた煙草がぐりぐりと携帯灰皿に押し込められていた。灰皿は少し、ひしゃげていた。
「駄目なら駄目って言えよ。吸わねぇから」
別に駄目なわけではないのに。他人だったら嫌だけど、それが他ならぬ静雄さんなのなら別に構わないと思っているのだから。ちらと伺った静雄さんの手元は灰皿すらもなくなっていた。残念。これでもう静雄さんは私の前では煙草を吸ってはくれないだろう。
ああ、これでもう一度この愛しいけものとずっと一緒に居られる方法を考えなくてはいけなくなってしまった。
──私が死ぬにはまだ早い。
歩く速さで死に向かう