シマさんは大変小さい。
 私もけして大きいわけではないが、そんな私よりもシマさんは2センチ小さいのである。
 もちろん、些細な話ではある。日常生活においてはまるで問題がないし、そもそも身長差を気にして壊れるような関係ではないのだ(と信じたい)。問題が起きるのは、外で過ごす──いわゆる、デートをしている時だ。なんせ、私の所持する靴は低くて5センチ、高いと8センチのヒールばかりなもんで。
 あとは皆さまのご想像通りだ。そう、2人で出歩くとまるで姉弟のような有様となってしまうのである。今日みたいに。
「……」
「シマさん」
「……なんや」
「あまり、気にしなくていいんじゃないかなあ」
「俺は、別になんも気にしておらんわい。当てつけのつもりかコラ」
「そんな……そんなつもりじゃ、ないんだけど」
 そう言うなら、その不機嫌全開オーラをどうにかしてはもらえないだろうか。シマさんのつむじを見つめながら、私はだんだんと胃が痛くなってくるのを感じた。



 さて、事件はさきほど寄った洋服店にて起こった。
 季節の変わり目も近付いて来たことであるし、去年のものは多少傷みが目立つようになってきたから、新しい服が見たいとせがんだのだ。心の中では、ついでにシマさんの好みに合わせてしまえ、という打算も含まれていた。
 そうして何着か試着して、私はシマさんに問うた。
「どう、かな」
「悪くないとちゃう?あとで纏めてレジで払うから、ちゃっちゃと決めとき」
「じゃあコレとコレ」
「ほな俺はちぃと店内見て来るわ」
「うん」
 そう言うとシマさんはくるりと身を翻した。そんな私たちを見ていた店員が朗らかな様子で笑う。私も笑い返す。
「ふふ、大変仲の宜しいご姉弟でいらっしゃいますねえ」
 ……。
 …………え。
 言葉の意味を理解するのに時間がかかった。ようやくその意味をかみ砕いて飲み込んだ後、私は自分の顔から色が失われるのを感じた。やばい。これは、いけない。
 ギギギとぎこちなく私は前に視線をやる。同じくブリキのおもちゃのような動作で振り返ったシマさんとがっつり目があった。それはもう気持ち悪いほどに爽やかな笑顔であった。
「誰と誰が……姉弟やて……?」
 なのに、その声は地獄から響いて来ているようだった。その落差が恐怖を誘う。
「まーさか俺とコイツのことと違うよな?店員サンがそんな間違いするはずがあらへんもんな?」
 シマさんは少ーしだけ身長を気にしているので、その手の話題には敏感である。
 私は内心店員に向かって合掌した。
「おいこらしかも俺の方が弟ってどういうことや!俺の方がずぅっと年上じゃこのチ○カス!」
 このあとのことは最早語るに及ばない。ひとつだけ付け加えるなら、私たちは大変格安で洋服を買えたことだけ言っておこう。恐るべし、シマさん。



 そして時は戻り、現在地は公園。
 我々は自販機で買った飲み物を片手にベンチに座っていた。シマさんはいつも通りコーヒーで、私はミルクティーだ。甘党なものだから、コーヒーには徹夜する時くらいしかお世話になっていない。カフェに行っても、紅茶の方がポットで出てくる分お得に感じてしまう──っとこれは流石に脱線しすぎたか。
 ちら、と横目でシマさんの様子を伺う。ムスッとしているかと思えば、思いのほか普通だった。気怠そうな様子で、ベンチの背もたれに身を預けていたが。私もそれに倣って、ずるずるともたれかかる。頭はシマさんの肩へ一直線だ。
「なんや、くすぐったいわ」
「ン、」
そのまま猫が甘えるように、頭を肩へ押し付ける。背はそんなに変わらないのに、こんなにがっちりしてるなんてずるい、と思った。そのくせ腰なんて、下手したら私より細いかもしれないのだ。鍛えているのだから当たり前なのは分かっている。けれど、その違いに少しだけ落ち込む自分がいるのだった。
「……すまんな」
「なにが?」
「さっき。流石に大人げなかったと思うてな。、もうあの店に行かれへんやろ?」
「……まあね。でもいいよ、安く買えたし。他に可愛いお店はあるから」
 それに大人げないのは今更、と心の中でつけ加えておく。怒らせる気はないので言わないけど。別にそんなところも含めて好きだなんて、絶対に言ってやらないけど。
 私は誤摩化すように、んー!と勢い良く伸びをした。ポキポキッと軽い音が響く。それを聞いてシマさんはようやく笑った。
「おーおー、オッサン臭いなァ」
「うっさい。オッサンにオッサンとは言われなくない」
「逆じゃボケ、オッサンにオッサンって言われてどないすんねん」
「屁理屈だ!」
「大人なんやからしゃーないやろ、」
「……っぷ、それが大人のする言いわけ?」
「、んにゃろ!」
「あはは!……」
 どのくらい、そんな他愛もない言い合いを続けていただろうか。ふと、シマさんが黙り込んでしまった。あれ、そんな酷いこと言ったかなぁなんて、自分の発言を思い返すが心当たりはない。なので、じぃと視線を送る。
 くしゃり。
 不意に、髪の毛をかき乱される。「え、」思わず声をあげると、シマさんが非常に形容しづらい表情を浮かべていた。怒ったような、嬉しいような、悲しいような、笑いたいような──まるで、照れているような。
「……ありがとーな」
「!」
 その瞬間、私の中で色々なものが弾けた。シマさんがいて、私がいる。二人で泣いて、怒って、笑って。こんな当たり前が嬉しい、そう思う日がくるなんてちっとも思わなかった。
 そしてそれに気付いたことが無性に嬉しくて、でも言葉にするのも気恥ずかしいから、代わりに私はシマさんの手をとって精一杯おどけてみせるのだった。

「お買い物してかえろ。今日は何がいい?うどんすき?湯豆腐?しゃぶしゃぶ?すきやき?それとも……キムチチゲ?」
「おま、それ、全部鍋やないかッ!?」





ファインダー