「サンジくん、今いーかな?」
 そぅと、扉を開けて顔を覗かせる。サンジくんは丁度お皿を洗っているところだったので、私はそのままキッチンへと侵入する。相変わらず女の子に甘い(私みたいなヤツにだって、だ!)彼は、ぽわぁと表情を一変させ、瞳にハートを浮かべた。……ナミとかロビンになら兎も角、私にまでこの反応をするのはちょっとおかしいと思うのだけど、どうだろう。
「おう、ちゃんどうしたの?」
「皿洗い、手伝おうと思って!」
「まさか!冗談だろ?ちゃんにそんなことさせられないよ。ちょっと待っててな。おやつに作ったババロアがあるから」
「あ、いや、そうじゃなくて、」
「気持ちだけ受け取っておくよ。ほら、そこの椅子に腰掛けて」
 そう言ったかと思うとサンジくんの手が猛烈なスピードで動き出した。と思えば、ピカピカになった皿が、すでにシンクの脇にうずたかく積まれていた。私は思わず唖然とした。まさか、目の前で手伝おうとした仕事を消化されるとは思わなかった。嘘だろ。早いにもほどがあるっちゅーに。しかも、
「…………」
「はい、ミルクババロアに季節のフルーツを添えてみたんだ。紅茶はもう少しだけ待ってねー!」
 気付けば椅子までエスコートされていた。恭しく座らされた先には、綺麗にセッティングされたテーブル(さっきまで何もなかったはずだ!)までもがいつの間にか出現していた。ここまで来るともうただの魔法である。どこまで仕事が速いと言うのか。これでは本末転倒も良いところだ。手伝いに、来ただけなのに。むしろ仕事を増やしているじゃないか、私。
 布巾で手を拭いながらこっちへと向かってくるサンジくんを見ながら、私は思わず泣きそうになった。
ちゃん!?そ、その潤んだ瞳と切なげな表情は……まさか、おれに恋し」
「サンジくん」
「っ、な、なんだい?」
「手を、貸して下さい」
 ──こうなったらマッサージでもして、疲れを癒してもらうしかない!
 そう思えば、何だか急にやる気が出て来た気がする。うふふふ、サンジくん、私の超絶テクニックに酔いしれればいいと思うよ!クルー内で得たゴッドハンドの異名は伊達ではないのだからね!
「お、」
「ん、どう、気持ちいー?」
「ああ、気持ち良いよ。ちゃん、マッサージ上手いんだね」
「ナミからお金取れるくらいだからねぇ」
「……そりゃ、大したもんだ」
「でしょ?だから、サンジくんもこれからもどーぞご贔屓にってね」
 ぐ、ぐ、とサンジくんの手のひらを押しながら私は笑みが口の端にのぼるのを感じた。マッサージをしていて、何が楽しいって人肌に触れられることだ。ちょっと、ヘンタイ臭いかもしれないけど、自分のお陰で相手が気持ち良くなっている様子を見るのが嬉しい。自分が相手をいい気分に出来てるんだぞーって感じがすごくするのだ。
 どうかなちゃんと気持ち良いかな、と思いながら私はサンジくんの方をちらと伺った。つ、と瞳を伏せた様子から、けして気持ち良くないわけではなさそうだから一安心する。
 サンジくんの手は節くれ立ってて、その上マメも沢山あるからとてもゴツゴツとしている。大きさも私なんかよりずっと大きい。そのくせ、指はとっても長いんだからずるい。改めて自分の手をみると余計子供っぽく見えて、少し落ち込んでしまう。
「……これが、あの美味しいご飯を作ってくれる手なんだねぇ」
「え?」
「!あ、いや、なんでもない!」
 しまった、うっかり思考がそのまま口から滑り落ちてしまったみたいだ。……あー、でも。
「きもちいーなー……」
 なでなで。
 さすさすさすさす。
「!、ちゃん!?」
「……あーやべー、ナミやロビンのつやつやすべすべの麗しいおててをなで回すのも堪んねーけど、このゴツゴツしてるのもいーかも……ふあぁ、きもちーなー、この指の間とか堪らないーいちいち引っかかる節とかーこのマメの感じとかすてきすぎるー、そもそもこのぬっくい体温がやーばーいー……」
「あ、あの、……え?」
「ああもう、なんでサンジくんの手はこんなきもちいいんだー!安心するぞばかーもっとなで回してやんよー」
「……まさか、ちゃん、」
 ぽつりとサンジくんの口から零れた「君ってまさか……手フェチ……?」の言葉に私は思いっきり首を振った。
 ──阿呆言うな、私はただ単に人をマッサージしたりなで回したり抱きついたりその他色々するのが大好きなだけだっちゅーの!手だけだなんて、そんな勿体ないことを誰がするものか!





残念な彼女