「あちゃーしくった、傘持ってくんの忘れてるよったく最悪だなあ……」
 額に手を当てつつ、はぁあ…と大きな溜め息を私は吐き出した。雨がぽつぽつと降り出したかと思うと、雨足が俄に強くなってしまったのだ。ラジオでの予報ではもう少し後だと聞いていたから、ちょっと出かけるだけだしと傘も持たずに買い物に出たのだが、思ったよりも時間が掛かった所為で見事予報とぶつかってしまった。最悪、ともう一度繰り返すように私は言った。
「どうしよっかなー傘買おうにも売ってるような店は此処から5分ばかし歩かにゃならんし……って言うか、店に着いたら着いたでもうびしょ濡れで傘買う意味がなくなるし、そもそもいくら300ベリーと言えどそれで飲み物が買えると思えばむしろそっちの方が傘買うより有意義じゃね?意味なくね?濡れんじゃん、結局待つしかないじゃん、この今考えてる時間すら無駄じゃん。あーもう、寝たい。猛烈に寝たい!ほんと、誰かヘルプー!傘プリーズギブミー!」
 きぃい、と奇声を発しながら地団太を踏む私の姿は明らかに、紛う事無く、関わっちゃいけない人なのだろうが、どうせ寂れた店の軒の下だ、誰も居やしない。つまり思う存分、愚痴だろーが何だろーが、吐き出していても構わない、
ちゅわあん!捜したぜー!」
 ……はずだったのだが。
「!見たなぼけえぇ!………ってあれ、サンジくんじゃん!どうしたの?」
 この姿を見たからには誰であろうが抹殺してやる!と思ったのだが(乙女の沽券に関わるので)、なんとよく見たらサンジくんだった。一瞬そのまま本能に任せようかとも思ったが、コックが居なくなったらとてもとても困るので断念することにした。サンジくんの方もいわゆるラブフィルターが掛かっているようだったのでまぁ、この場はすんなりと収まったはずである。色んな意味で万々歳である。
「いやさ、 ちゃん傘持って行ってなかったろ?だからすっげェ心配になってさァ。ま、無事なようで何よりですよ、プリンセス」
 そう言ってサンジくんは恭しく自分の差していた傘を差し出す。私もありがと、とお礼を言って受け取ったのだが、ふとあることに気付く。そしてそのまま疑問を口にした。
「サンジくん、自分の分は?」
「へ?」
 きょとん、と不思議そうな顔のサンジくんを見て、私はくすりと笑みを零した。
「傘、一本しかないよ」
「……あ、」
「うっかりしたね」
「あー……悪ィ、俺走ってもう一本取ってくっからさ、待っててな」
 そう言うが早いか、駆け出そうとくるりと身を翻そうとしたサンジくんの背に慌てて私は声を掛ける。
「あ、ちょ、サンジくん!」
「……?」
「一緒に帰ろ」
 私は傘をちょっと傾け、くるりと一回転。まさかここまでわざわざ迎えに来てくれた人に対して、いくら私と言えどそんな酷い仕打ちをするわけがなかろう(私だって鬼じゃあないのだ!)。
「大きい傘だから2人くらい平気だよー。それにさっきより大分マシになったし?」
「…… ちゃん」
「相合傘ってヤツですね、サンジくん?」
 くくく、と浮かぶ笑いを殺すことなくサンジくんを見つめていると、彼も観念したのかうっすらと笑みを浮かべた。そしてやけに芝居掛かった仕草で一礼してみせる。どうしたの、と疑問符を浮かべた私の手をそっと取ると、
「それではレディ、お手を拝借」
 ──傘は俺がお持ちいたしましょう。
 その瞬間、私は自分の顔からぼふんっと煙が上がったのを感じた。なに、このひとすっげーはずかしいんだけど!



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