恋とは往々にして、


 そんなことを思ったのは確かつい一週間前くらいだった。今まで単なるクラスメイト、甲子園に向け練習に励む球児その5くらいにしか思っていなかったのに、こんなにも胸を締め付けんばかりに心の中を占めるようになってるだなんて。あり得ない。なんでだ。
 そう悶々と頭を抱え込み、小さく呻く。小学生のときも中学生のときも恋はしたけれど、ここまで苦しくなるほどのものだったっけか。あの頃は好きな人のことはただ見られれば幸せだったし、ちょっと話せるだけでもぽわぁんと温かい気持ちにはなった。確かに今もそれはある。だけど!それにしても!
 私はうがあああぁっと叫びたいのを堪えて今度は机に突っ伏す。おかしいおかしいおかしい!なんでこんな辛いんだろう。だって単に今だって私とは反対側に座る隣の女の子と話してるだけじゃないか。内容だってなんてことはない、ただの世間話(“昨日のドラマ観た?”とかそんな内容)(…なんで盗み聞きまでしてるんだろう)なんだから。今ちょっと手と手が触れ合ってたのだって小川さん(学年でもかなり可愛いと評判の子)が消しゴムを落としてしまって、それを彼が拾ってあげたからだ。決してそこに恋愛感情はないはずなのに!
 ああもう、微笑まないでよ、小川さんに笑いかけないで。私のことを見て…うぅん、やっぱりだめ、絶対駄目!見てほしくない、こんなどろどろぐちゃぐちゃの感情に支配されてる私なんて全然可愛くなんてな、
「…さん?どうしたの?」
 聞き覚えのある声にぱっと顔を上げると思い人がくてと首を少し傾げながら心配そうに私を見つめていた(不覚にも可愛いと思ってしまった)。
「う、え、…あぁ、さ、栄口く、ん…?」
 突然のことに声がみっともなく上ずる。あああど、どうしよ、う…!なんで、どうして栄口くんが…?さっきまで小川さんと話してたはずなのに!
 そんな私を見て彼はふふと小さく息を零してからにこっと笑う。そのままおどけた様にそうだよ栄口だよ誰だと思ったの?なんて聞いてくる。
「栄口く、」
「ん?何?」
「……うぅん、何でもない…ごめん」
 ああ、もう!私の馬鹿!言いたいこともろくに言えないだなんて!
 どうしてこんなことになるんだろう、どうしてこんなに一喜一憂しているんだろう、さっきまでのどす黒い感情が嘘みたい。まるで栄口くんの笑顔が私の中の雨雲を吹き飛ばしてくれたみたいに晴れやかな気分になるのはやっぱりこれが恋してるってことなのか、そうなのか神様。ねえ、頼むから誰か教えてよ!


ささやかなきっかけで始まるものである。