「むうううう…!」
私は唸る。唸って唸って唸った。無い知恵を絞って一生懸命考えているのにそれでも分からないものだからイライラする。思わず右手の親指の爪をがじと噛んだ途端、すいと横から手が伸びてきて私の手を押さえる。はっと見れば見慣れたシルクハットが私の顔を覗き込んでいた。
「、女性の爪は大事にしなくてはいけないよ」
「…………教授、ヒント」
「おや、ヒントは沢山出したじゃないか」
そう言って緩やかに微笑まれる。ぐぅと自分の喉が鳴ったのが分かった。私がこの笑顔に弱いって知ってるくせに。いや、知ってるからこそってヤツですか。そうだとしたら、中々に性質が悪い。私ははあぁと大げさにため息をついて見せてから、もう一回教授の綺麗な字で書かれた問題文とごちゃごちゃとした図形を見る。こうなりゃもう意地である。絶っ対に解いてみせるんだから。敵はたったの紙切れ一枚、コレごときにやられるようでは教授の助手(二号)は務まらないのだ。
「……うぅ、こっちの図形が右に移動してー……?うええ、でもそしたらこっちが当てはまんなくなるし……うーわーどうなってだこれ!……じゃあ左は?……でもコレもなぁ無理……うん?あれ、これをここに入れたらどう──いや駄目だこれじゃあ一個余っちゃうもん。……むうぅ……?」
……やっぱり、分からない。
国語的な問題やトンチのきいたやつとか論理的に考えていく問題は得意なのに、こう言う図形はてんで駄目なのだ。平面から立体、立体とか平面に考えるのとかなんて見ただけで拒否反応が出そうになる。正直数字は嫌いだ。人生において必要なのは数学じゃなくて算数だと言うのが持論なくらいに駄目なのに、それでも私がここまで頑張る理由と言えば、
「ほら、早くそれを解かないと私たちは君を置いて行かなくちゃいけなくなる。何せ、列車は私たちを待ってはくれないからね」
──と言うわけであって。
教授と一緒にモントレリー急行に乗りたいがために私は頑張って拒否反応を起こす脳を無理矢理フル回転させ、半ばぷすぷすと煙が吹き出ている頭を引っ叩きながら(壊れたテレビと同じ要領だ)、頑張っている。のに!頑張っているのに!だ!
「わかんない…!!」
すでに教授からは3つヒントは貰った。紙にだって沢山書いて今までにないほど図形と真意に向き合っている。それなのに。
「教授、難しいですよぅ……!」
「それくらい解いてくれなきゃ同伴は許可出来ないな。今度の旅は危ないんだ、本当は連れてなんか行きたくないくらいなんだよ」
意地悪だ。
困ったような笑みになんて騙されないんだから!
入り口でこっちをハラハラと心配そうに見つめるルークを見ていると私はもう悔しくて悔しくてしょうがなかった。なんで、だろう。なんで私は駄目だろう。
じわぁ、と涙が溢れそうになった。それを慌てて擦って、もう一度紙に目をやる。でも、難しい。どうしよう、どうしよう。そんな思いがぐるぐる頭の中を回る。置いてかれるのはイヤだ。一緒に行きたい。でも、解けない。どうしよう。
もう私は問題どころではなかった。涙腺からどんどん流れそうになる塩水を止める方が優先だった。しゃくり上げそうになる喉を押さえる方が重要だった。
「、」
「……っ……、きょ、うじゅ……」
「私が悪かったから、どうか泣き止んでくれ。意地悪しすぎたね」
「う、……ぁ……っく……」
女性を泣かせるなんて、英国紳士失格だ。
そんな言葉と共に差し出されたハンカチーフに私の涙腺は本格的に壊れてしまったようだった。
いじわるパズルは
手に負えない