今日はふと思い立って普段とは違う路地裏を通るとそこで猫を拾いました。
するりとしなやかな体躯に甘い鳴き声を持つ野生の色を湛えた黒い猫でした。
「悪ィな」
「本当ですね」
「てめ、本音をオブラートに包むくらいしやがれ」
「残念ながら私、薬は錠剤派なので」
「……」
「拾ってあげただけ感謝して下さい」
「……誰も頼んでねェよ」
私はそんな風に小さく鳴いた猫を無視して、濡らしたタオルを絞り彼の身体にそっと当てました。何せ、傷だらけ血だらけ泥だらけだったものですから。タオルが冷たかったのか、ぴくと震える身体を見て思わず笑みをこぼすと大層悪い目つきで睨まれてしまいました。ああ、怖い怖い。
「下手したらかみ殺されてしまいそう」
「あァ?」
「いえ、こちらの話ですのでお気になさらず」
「叩っ斬るぞ」
「……ぼろいアパートですみません」
拭いているうちに段々赤く茶色くどす黒くなってきたタオルを取り替えようと立ち上がると、ぎしぎしと嫌な音を立てる床に私は眉をしかめます。そろそろ違うところに住んだ方がいいのかもしれません。ああでもここは中々に住み心地がいいものだから少し迷ってしまう。いわゆる住めば都、と言うやつです。それにやや治安が宜しくないことを除けば、とてもとても立地条件のいい場所なのですから。
つらつらとそんなことを考えながら蛇口を捻れば冷たい水が私の手を濡らします。そこでまたタオルを絞ってからヤカンに水を半分よりやや少ないくらいまで入れ、横のコンロの火にかけました。棚からフィルターとコーヒーの入った缶を取り出し、同じく棚から取り出したマグカップにフィルターをセット、ふうと一息ついたところで、いい具合にヤカンがぴぃぴぃと鳴りました。用意してあったマグカップに熱湯を注ぐとぴちゃんぴちゃんとフィルターを通って茶色くなった其れが少しずつ溜まり始めます。頃合いを見てフィルターを取り外し、多量の砂糖とミルクを少し入れたら出来上がり。
私は熱いカフェオレと冷たいタオルをお供に従えて、猫の元へと帰ります。
「遅ェよ」
「寂しかったんですか?」
馬鹿かてめェは。そんな暴言をはいはいと受け流しつつ、新しいタオルで身体を拭いてあげます。粗方綺麗になったのを確認して、横に準備してあった包帯やガーゼや絆創膏などで手際よく傷を覆って差し上げました。
「終わりましたよ。カフェオレでも飲みます?」
そう言って差し出したマグカップを猫は酷く尊大に受け取り一口飲んだかと思うと一言。
「……甘ェ」
「砂糖たくさん入れましたから」
なんなら淹れ直しましょうか、と問うても何も返事を返さず黙々と飲み続けるので、それと否ととった私は今度は自分の飲み物を淹れに台所に向かいながら笑いをかみ殺すのでした。
猫
(だって笑ったのがバレたらこちらがかみ殺されてしまう、)
(顔に似合わず甘いものが好きなのでしょうかね)