ここ二日ばかり見かけなかった彼女がひょっこりと学校へ来た。風邪でも引いたのかと思ったが、にへらーと笑う様子は普段通りで、病み上がりと言った感じはしなかったので一安心。
、どうしたの?」
「んふふー、ちょっとねー。……まあ、微々たる熱ってところかな?」
「ところって。曖昧だなぁ。サボり?」
「世間的に言えばそれはサボタージュと言うものに分類されるのだろうけど、私にとっては重大重要この上ないことだから、あえてそうは言わないで欲しいかな!」
「結局サボりじゃないか……」
「だーかーら、サボりって言わないでよぅ。……まあ、いいや、帝人くん、突然ですが!」
「うん」
「──今日の放課後を、帝人くんのお時間を私に下さいませんでしょうか?」
 何を唐突に。
 僕が目を瞬かせると彼女はにぃと唇を釣り上げた。あ、これ、嫌な予感がする。断ろうかな。
 そう思ったことが伝わったのだろうか、今度彼女の顔は非常に情けないものになった。表情筋の動きが活発な子だ。くるくると変わるそれは人を飽きさせないなあと思う。
「……駄目?」
「別に、駄目じゃないよ」
「本当!?良かったぁ!嬉しいよ!じゃあ委員会が終わったら正門前まで集合です!犬の様に待ってるから!」
 そう言ったかと思うと彼女は教室をぴゅんと飛び出して行った。恐らく自分の教室へ帰って行ったのだろう。その証拠に隣から「正臣くん正臣くん!私は帝人くんの時間泥棒に成功致しましたよ!」「おう、ようやった!苦しゅうない苦しゅうないぞぉ!」「ははー正臣さまー!」なんて阿呆な会話が聞こえてきた。……あの二人、日に日に似てきている気がする。同じクラスだからか。それにしたってあのテンションを保ち続けるのってすごいと思うんだけど。
「……ふう」
「あの二人、いつも元気ですね」
「あ、園原さん」
「見ていて、楽しいです」
「僕もだよ。……まあ、煩すぎるのが難点だけどさ」
 ──さて、もう少しで昼休みも終わるから、次の授業の準備でもしようかな。
 まだ、隣の教室からはきゃあきゃあと騒ぐ声が聞こえた。……ところで君たち、次は移動教室じゃなかった?いいの?



「みっかどくぅん!」
「……元気だね」
「んふふふー、わたくし、いつでもお元気ですからー!帝人くんにこのパワーを分けてあげましょう!」
「いや、いらない」
「ああん、ずばっと切り捨てすぎー!私に対していけずすぎー!」
「ところで正臣と園原さんは?園原さん、委員会にも居なかったんだけど」
「んふふ、あとで合流予定です。私は差し詰め水先案内人ってところかな!」
「こんな残念な案内人見たことがないよ……」
「……帝人くん、最近やたらと酷いよね」
 残念無念また来世ーと意味の分からないことを呟きながら彼女はくるりと身を翻した。ちらと寄越してきた視線は付いてこい、と言わんばかりのものだったから、僕は大人しくその後に続く。満足げに笑う様子に自分の予想が当たっていたらどうしよう、と思案。
「ねえ
「何?」
「どこ行くの?」
「んふー、それはひ・み・つ!……と言いたいところですが、隠してもしょうがないことなので言っちゃいます。なんと、私のアパートですー!きゃーはずかしー」
「……」
「ちょ、ちょっと、黙り込まないでよおおお!」
「あ、今何か言ってた?」
「なかったことにされてる!自分哀れすぎるだろ!」
「自分で言ってりゃ世話ないよね」
「帝人くん辛辣ぅ……」
 さっきと打って変わってがっくりと肩を落として歩く彼女はなんと弄り甲斐のあることか。
 思わずくすりと笑みが浮かぶ。僕、別に苛める気はないんだけどなあ。
「あとどれくらいで着くの?」
「ん?……あー、えっとね、あと十分くらいかなあ。中途半端な距離でごめんねー?普段はチャリなんだけど、今日は帝人くんが居るからお留守番なのですよ」
「いや、それはむしろ僕が居てごめんねと言う感じなんだけど」
「いやいや、そこは帝人くんを後ろに乗っけてチャリを走らせるほどの体力がない私でごめんねって感じ。いやー、さすがに主賓に……おっと」
「主賓?」
「んふふー、なんでもない!」
 にっと笑った彼女につられ僕も思わず笑う。彼女のテンションの高い話と共にそのまま十分歩けば、言葉通り彼女のアパートが見えた。僕の住んでいるところよりも綺麗でちょっと羨ましい。まあ、女の子が防犯?何それ美味しいの?ってところに住むのはそれはそれで問題だと思うけど。
「帝人くん」
「何?」
「早く部屋行こ」
「う、うん」
 何が嬉しいのかやけに軽い足取りで進む彼女に付いて行く。二階の角部屋。自分の部屋だってのに彼女は何故かノックを三回した。バックから鍵を取り出しドアを開ける。そして芝居掛かった笑みを浮かべながら大仰なお辞儀をひとつ。
「どうぞ、帝人様、お入り下さいませ?」
「え、え?」
「中で御学友の方々がお待ちで御座います」
 恐る恐る彼女の部屋へとお邪魔する。その途端、

 ぱーん!

「帝人、誕生日おめでとう!」
「竜ヶ峰くん、おめでとう御座います」
「帝人くんおめっとー!」

 にやりと。
 にこりと。
 にへらと。
 そんな笑みを浮かべた三人が僕の周りに居た。

「ほら、帝人、が二日かけて準備した誕生日パーティー楽しまなきゃ損だぜぇ?」
「ふ、二日も!?じゃあ休んだのって……」
「あ、違うの。私の部屋汚すぎてさー片付けるのに丸一日掛かっちゃって。もうこうなったら一日も二日も変わんないじゃん?こりゃ徹底的に綺麗にせねばと意気込んだ結果がこれだよ!」
「前、凄かったですもんね……」
「あわわ、杏里ちゃん、それ以上言っちゃ駄目!」
「へーぇ?片付ける前ってどんなだったわけ?俺超気になっちゃうなー」
「正臣くんもそれ以上ツッコむの禁止!」
 きゃあきゃあと勝手に盛り上がり始めたと正臣の様子に顔が緩む。つと目が合った園原さんも穏やかな表情も浮かべていた。
 非日常に憧れる僕だけど、こんな日常もとんでもなく愛しい。どちらも手に入れたいと思うことが我が侭でしかなく叶いっこないってことも分かっているけど。それでも望まずにはいられない。
 ほっこりと胸を満たす温かいものが心地よくって自然と口から言葉が零れた。

「みんな、ありがとう」

 自分が生まれたことにこれほど嬉しいと思えたのは今日が初めてだ。



春が微笑む










ふ、二日も遅刻してごめんなさい帝人くん。
お誕生日おめでとうでした!