「メーグルくん!」
 ぐてりとベッドに沈み込む盤くんに、にっこりと微笑んだ。対して盤くんは億劫そうに顔を上げたかと思えば、それはもう厭そうに表情を歪めた。まったく、失敬なヤツである。
「……何さ?」
「ねえねえ盤くん、もしかしなくとも疲れてるんじゃない?良かったら私が、」
「そげんおせっかいはいらなか。そいよか、その気色悪い顔をどーにかせんね」
「……最後まで言わせてよね」
「どーせろくでもないことに違いないばい、わざわざ聞くまでもなかと」
「せ、せっかく私がマッサージでもしてあげようかと思ったのに!」
「なんか企んどっと?いきなり言われてもあやしかよ」
 そう言われると言葉につまる。なぜってもちろん下心はあったからだ。ほれみろと言わんばかりの盤くんに、ちゃんと言い返せないのが悔しくて、拗ねたような顔をしてしまう。
「あーあーあー、そげんな顔ばしよっても別にやーらしくなかー」
「うううるさい!別に盤くんと違っていやらしい顔なんかしてないよもう!」
 いきなりやらしいとか言うんじゃない。びっくりするではないか。
 私は自分の顔が熱くなったのを感じた。盤くんはそんな私を見て、眉をよせた。なんだろう、そんなに変な顔をしていただろうか。何となく不安に思えてきて、私は視線のやり場に困ってしまう。
「……、」
「な、なによう、」
「勘違いしよっと?」
「へ?」
 何がだろう。まさか存在がか。勘違い女とでも言いたいだろうか。そんな、たかがマッサージをしてあげようとしただけで酷い言われようである。あくまでスキンシップを図ろうとしただけであり、けして引き締まった盤くんの身体を撫で回そうだなんて、そんな意図はないのだ。ないったらない。
はやーらしかね」
「いやらしくなんかないよ失礼な!」
「……やっぱり」
 何故か得心のいった顔で盤くんはうんうんと頷く。すっかり置いていかれた私はただ首を傾げるだけだ。だから、何が、やっぱりなのか。
 早急に説明を求めたいところだが、そう言ってしまえば、意地悪な盤くんである、まず正解は教えてもらえない。私は問いただしたい気持ちを抑え、じっと盤くんの口が開くのを待った。
「こっち見んな」
 酷い言われようだった。
 心に多大なダメージを食らった。少し、泣いてもいいだろうか。いいですよね。そう勝手に自己完結した私は、およよっと大げさな動作で床に座り込むというパフォーマンスをしてみせた。
「盤くんは私にもう少し優しくしてもいいんだよ」
「……めんどくさかー」
「めんどくさいの一言で切り捨てられた私の身にもなってみやがれこんちくしょう」
 くそ、わかめのくせに。前髪わかめのくせに!
 どうせ私なんてただの飯炊き女なのだ。お掃除おばさんなのだ。盤くんにとって、私にはその程度の価値しかないに違いないのだ。
「め、盤くんにとって、私なんかただのホームヘルパーなんだろ!ばかぁ!」
「そいをいうならハウスキーパじゃなか」
「!」
「バカはさね」
「……ぐ、ぐぐ、」
 私を罵倒する時だけ、急に生き生きとしだす盤くんが憎い。キッと睨みつけてやっても、のらくらとかわしながらあざ笑ってくるのである。ああくそ、我ながら悪い男に捕まってしまった。なんせ、良いところなんて顔しかない。性格なんて最悪にもほどがある。
 なのに。
 それなのに、好きだなんてこそばゆい感情を抱いてしまってるのだから、恋愛ってものはよく分からない。

「め、盤くんなんて意地悪だし前髪わかめだから嫌いなんだからね!」
「オイはのことくーすいとーけんね」
「ッん、な、ぁ……!?」
「ハッ、顔真っ赤やねー。ウケるわー」
「!!!」

 ──前言撤回、やっぱり大キライだ、こんな男!





犬も食わない