微睡む春
「そうだ、お花見に行こう!」
まるで京都にでも行くかのようなノリで私は立ち上がった。そんな私を盤くんは、大変面倒くさそうにみやった。いや、実際に、
「……めんどくさー」
と言う。
だが、こんなことでめげていては、盤くんと今まで付き合ってこられたはずがないのだ。私はさらに握りこぶしを作って、力説してみせた。
「今は春だよ!春!春には桜が咲いて、それを眺めながら酒の一杯でもやるのが日本人ってもんでしょう!」
「ならオイは日本人じゃなか」
「何言ってんだ、醤油顔のくせに」
「じゃあは平安顔ばい。どこもかしこもつるつるたい」
「ってめ!人が気にしてることを!」
反射的に胸を押さえた私を盤くんは鼻で笑った。本当にムカつく男である。そんな女に欲情して出してやがんのは、一体どこのどいつかと問いただしてやりたい。が、それを言ってしまえば藪蛇となるのは必至なので、自然と口をつぐむこととなる。まるで言い負かされたみたいで腹立たしい。
「話は終わったか?ならオイはもう寝っから」
「だ、だめダメ駄目ッ!ちょっと、いいじゃない、お花見くらい!行こうよ、……もが」
布団を被ってすっかり寝る体勢に入ってしまった盤くんに慌てて駆け寄り、そして私の視界は暗転した。
「!?……っ、!」
全身を包み込むような温さに、自分が布団の中へと引きずり込まれたのだとようやく認識する。抜け出そうともがくものの、普段から鍛えた盤くんにかなうはずもなく、あっさりとホールドされてしまった。
「な、なにするの、さ……!」
「こんまま寝っぞ」
「え、やだよ、だってお花見行きたいもん、」
「……オイは疲れとーよ。ちぃとは労れ」
そう言われたら、もう何も言えない。内心浮かぶ不満を否定しきれないけれど、しかしそれを口に出すほど子どもでもないのだ。私はため息と共についに観念した。
「しょうがないなぁ、」
「そーそ、分かればよかね」
それにしても全く、どうしてこの男はこうも態度がデカイのか。
私はもう一度、呆れを含んだ息を吐こうと思い、しかし今度は大きなあくびが出ただけだった。
「……ふ、ぁ、」
こうやって微睡んでいると、布団の中っていうのは無条件に居心地が良いものだと実感させられる。それが盤くんの腕の中なら尚更で、私は今すぐ睡魔に大人しく身を委ねてしまいたくなった。
でもこのまま寝るのも少し悔しいので、最後の抵抗と言わんばかりの勢いでグリグリと盤くんの胸に頭を押し付ける。くすぐったかったのか、少し盤くんが身じろぎしたのを私は喉の奥で笑った。
「あ、でも、明日は一緒にお出かけしようね」
「……考えとくさ」
まあ、返事が面倒くさい、じゃあないだけ十分だ。
私はぬくぬくとした布団の中で、じんわりと胸にあたたかいものが広がるのを感じながら、目を閉じた。