「桑田くんは、たまにおみそ汁が飲みたくなる人?」
あまりに突拍子もない質問にオレは唖然とした。
まじまじとちゃんの顔を見返すものの、その表情は至ってマジで、むしろオレの方が間違ってんじゃねーのと自分自身を疑うほどだった。でも、よくよく考えなくても、オレはなんら間違っていないはずだ。うん、間違ってねーよ。ホント、「いや、……いきなりどうしたよ?」
「んー……」
小さく唸りながら、ちゃんはこてりと首を傾げた。どうやら彼女の考えるときの癖らしい、と最近気付いたので、オレはその口から答えが出るまで待っててやる。その代わり手持ち無沙汰になったので、壁に向かってボールを投げた。トーンと弧を描いたそれは床をワンバウンドしてからオレの手の中に返ってくる。
トーン、トーンと一定のリズムで繰り返される音は、彼女が考えを纏めるのに一役買ったのかは知らない。が、思っていたよりも早く、ちゃんはその可愛らしい口を開いた。怒らないでね、と前置きをして。
「……例えばだよ。セレスちゃんがフランスフルコースで、江ノ島ちゃんがイタリアン、舞園ちゃんが満漢全席だとするじゃない」
「は、」
──すでに意味がわかねーんだけど。
そう顔に出てたんだろう、彼女は少しだけ困ったように笑った。
「あ、いや、最後まで聞いてね。……そう、まあ、ほら、やっぱり私って普通でしょ。周りが超高校級だから、逆に目立つと言うかさ……とにかく、美味しくてもこってりしたものばっかりだと、たまにおみそ汁とごはんが食べたくなるもんじゃない。だから、」
……そんな感じで私と付き合ってくれてるのかなあって、思ったんだよ。
そう、最後は消え入るような声で言った彼女は、そのまま俯いた。オレは無性にイライラした。怒るなっつーけど、これは怒らない方がムリだろ。いやもうホント、ありえねーんスけど!
「え、何、ちゃんはオレが気まぐれで付き合ったと思ったわけ」
「…………だって、他に可愛い子はいっぱい居るじゃんか」
「オーケーオーケー、そりゃ肯定と捉えて良いんだな…………ってアホか!」
いやもう、これは鈍いってレベルじゃねーよ!どんだけオレ信用ねーんだよ!いや、そりゃ心当たりは無きにしもあらずだがよ!?今まで散々彼女欲しいとかウチのクラスだったらあの子が可愛いとか話してたけどよ!?……あれ、これオレの方が駄目じゃね。……いや、それでも!だ!
そもそも付き合ってんだから、オレのことは信用してくれて良いはずだ。うん、この前読んだ携帯小説ではそうだった。ベッタベタのデレッデレだったんだから、オレらもそうであるはずだ。
ムッとした気分のまま、ちゃんに視線を送ると、彼女は酷く申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「…………あー。うん、ごめんね、今のはもちろん冗談だから気にしないで?」
「(冗談、って言うくらいならそんな顔してんじゃねーよ、)……あのなぁ、勘違いすんなよ。図星つかれて怒ったんじゃねーぞ。オレは!オレは、毎日みそ汁がいいンだよッ!分かったか、このアホアホアホアホアホーーーーッ!」
ぜえはあ、と息を荒げる。
そんなオレの洋服の裾に触れるものがあった。ちゃんだ。
「…………桑田くん、」
俯いた彼女は耳まで真っ赤に染め上げている。……あ、ヤベ、これは。
「あの、私、頑張るから。桑田くんがおみそ汁に飽きないように」
「ちゃん……」
「……あと、ごめん。本当は疑ってた。どーせって思って、」
その続きは言わせねーぞ。
オレはちゃんの腕を引っ張って、そのまま腕の中に収める。真っ赤なままの耳元にわざとらしく口を寄せながら囁いてやれば、ちゃんの身体は面白いくらい跳ねた。あれ、もしかして耳弱い?
「もうね、正直に言うとね、オレ今マジで嬉しいわけ。分かる?嫉妬してくれたんだろ?それがホント嬉しいの」
「う、ぁ、ちょ、……みみも、とで、はなさない……で……!」
「やーだ。ちゃんがオレのこと信じてくれるまでずっとこのまんまだから!」
「ひ、……し、しんじてる、から!もう、怜恩くんのバカ!」
あーはいはい、と小さな抵抗を押さえ込もうとして──オレの動きは止まった。
ギギギ、とぎこちなく視線をやれば、ちゃんは大げさとも言える様子で慌て始める。
「今、名前で呼ん」
「!な、ナシ!今のナシ!ごごごごめん、そういうつもりはなかったんだよ、」
「……もう一回」
「ほんと、気ィ悪くしたよね、ごめん…………へ?」
「だから、もう一回言えっての。名字より名前で呼んで欲しいンだよ。いい加減分かれよ……アホ」
流石に気恥ずかしくなってきて、顔を俯かせる。あーやべえ、オレ、今すんげーダセェ。こう言うのってもっと男がしっかりとリードするもんじゃねーの。まるで拗ねたみたいな(いや、実際ある意味拗ねてるようなモンだけどよ、)態度じゃあ、ちゃんも呆れちまってるはずだ。
「……あー、いや、悪ィ、別にムリにとは言わねーしさ、」
「怜恩、くん」
「っ、」
改めて、呼ばれた。
そんな真っ赤な顔で呼びかけられたら、オレまで赤くなっちまう。あ、う、と情けない声が零れはじめた。しかも、最後にゃ、
「れ、れれおん、くん、あの、わ、私も、、って、よ、んでほしい、です、」
──あのなァ、それ、反則だから!
俺は思わず額に手を当てた。この子、やっぱり鈍い。