間延びした声が響くたりぃ授業と、ぽかぽかとあったけぇ日差しの中、じっとこっちを伺う気配がする。
 ぼんやりと頬杖をつきながら、その方向に目をやれば、ちゃんはすでに顔を背けていた。だけどよ、オレって、これでも超高校級の野球選手なワケ。そんくれー、目で追えないはずがないんだよなぁ。オレの動体視力を舐めんなって話。
(……でもなんかしたっけか、オレ)
 生憎と、心当たりなんてねーんだけど。あえて言うならこの格好良さとか?なんちってな!
 でも実際、落ち着かないし気になる。だって女の子がこっち見てんだもんよ。オレに気ィあんのかなーとか付き合うくらいだったら別にいいかなーとか色々考えちまうワケですよ。青少年だからさ。
 でもオレの視線の先に居る彼女は、至って普通だ。この学校に居るからには、超高校級の才能があるんだろうけど、オレはうっかりと彼女の自己紹介を聞き逃しちまってるから、実は今だに彼女が何の超高校級なのか分からない。でもこれはしゃあないと思うんだよね、だって彼女の前は江ノ島ちゃんで、後ろは舞園ちゃんの自己紹介だったんだから。ぶっちゃけ、覚えてるやつ居んの?って感じ。
(……あ、またこっち見てんわ)
 別に気持ち悪いソレではないんだけど、なんかくすぐったい。
 もう一度見返すと、やっぱり目を背けられる。さら、と髪の毛が顔にかかって表情は伺えない。だけど、どうやら授業に戻る気らしく、シャーペンをかちかちとやりだした。やわっこそうな唇で一回、二回。今度は思案顔だ。ふに、とシャーペンの頭が沈み込む。と、何やら思い付いたように書き出す。
(こっち見ねーかな)
 ふとそんなことを思った。がっつりと目が合ったら、一体どんな反応をするのか見てみてぇ。
 そうやってしばらく授業も聞かずに、ちゃんを見ていた時だ。彼女がふいに顔を上げた。お、来るか、とこっちも身構えたのに、何故か丸きり見当違いの方向を向きやがった。
(は、……しかも、なんッで苗木なんだよ!)
 苗木とはちゃんと目ェ合わせてるし!ちっちゃく手まで振ってるし!マジありえねーんすけど!ムチャクチャ納得いかねー!
 確かに苗木とは仲が良いんだろうけどさ、それを実際見せ付けられるとムカつく。オレは駄目なのに、あいつが大丈夫な意味が分かんねーよ。なんだ、あのアホ!





「──っつうワケで、ちゃん、なんで俺のこと見てんの?」
「え、……あ、っと、」
「あー、ちなみに見てないっつうのはナシな。オレの動態視力をもってすれば、そんなんバレバレだからよ」
「……う、」
 放課後ちょっと話したいことがあるんだけど。そう言うと、彼女は案外あっさりと頷いた。そうして迎えた放課後。夕日が差し込む以外は誰も居ない教室の中、オレとちゃんは机を挟んで向かい合う。オレは背もたれを跨ぎながら、ぎぃぎぃと行儀悪く椅子を揺らし、目の前で視線を泳がせていた彼女は、困ったように顔を歪めた。
「言わないと、だめ、っすか」
「え、何、もしかして言えないようなことなワケ?」
「いや、そうじゃないんだけど、」
 うーん、と彼女は小さく首を傾げた。まるで“本当に言っちゃっても平気かなあ”とでも言いたげな様子に、オレは焦れる。だから、机の上に綺麗に並べられていた手をがしりと取って、真っ向から目を合わせてやった。どうよ、これで逃げられないっしょ。
「桑田くん、」
 でも、すぐそらされるかと思った瞳は案外真っすぐオレのことを見返してきた。
「私もね、聞きたいことがあるの」
「な、なんだよ」
「桑田くんも私のこと、見てるよね?どうして?」
「……は、」
 突然の言葉に反応出来なかった。誰が、誰を、見てるって?オレが?ちゃんを?
「なな、ななに、言って、」
「……え、もしかして自覚なし?……え、じゃ、じゃあやっぱり今のナシ!何でもない!」
 ちゃんの顔が真っ赤に染まり、オレの手を振り払おうとする。オレは反射的にその手を追っかける。「痛、」彼女のあげた小さな悲鳴にすぐ手を離す。が、彼女の手を取ろうとして詰めた距離は、変わらず近いままで。「わ、悪ィ、」気付けば、オレたちは酷く近い距離で顔を付き合わせていたのだった。彼女の睫毛の震えも分かる近さは、オレの動悸までも伝えちまいそうで。カッと自分の頬が熱を帯びるのを感じた。
「く、桑田くん、」
「……手、へーき、か?」
「う、うん。ちょっと、びっくりしたけど」
 なんとも気まずい。でも、何故かお互いに目がそらせなくて──そりゃがっつり目ェ合わせてぇなとか言ったけどよ──アホみたいな顔でアホみたいに見つめ合った。
 そうやって、どのくらいの時間がだったのだろう。1分のことだったかもしれねーし、20分だったかもしれねー。とにかく、オレにとっては短くて長い、不思議な時間が流れたことは確かで、それを崩したのはちゃんだった。そのちっちゃな手でオレの手を握ってきたのだ。そしてその熱を感じた瞬間、オレは堪らなく彼女が好きなんだって自覚した。ああ、そもそもオレが彼女を見てたのってそういうことだったのか、と胸にすとんと落ちる心地がしたのだ。
 ──やべえ、オレ今世界で一番幸せかもしんねー。
 割と本気でそう思った。ちゃんも同じ気持ちだったら嬉しいし、そんであわよくばもっと先まで行きたいと思ってたりするワケですよ、オレは。だから。

「なあ、オレさ、ちゃんのことが、……」





青い春症候群
(あとは、ご想像に任せちゃう感じで!ほら、これはオレと稲田ちゃんのモンダイですから!)