違う違う、そんな顔が見たいんじゃない。
くん……今度は何をする気かね……?」
「ん?足舐めだけど」
「な、なめ……ッ!?」
 ──そうそう、その顔。その顔が私は見たかったのだ。
 と、またしても石丸の部屋への侵入を果たした私は、にんまりと笑みを深めた。懲りない私も私だけれど、学ばない石丸も石丸である。まさか期待してた?なんて、それこそ淡い期待を思い浮かべてみるが、流石にそれはないだろう。
くん、いい加減にしたまえ!学生の本分はこ、こんな破廉恥なことではないッ!」
「良い加減?やだな、石丸こそ破廉恥じゃんかよ。女の子にそんなことを頼まないでくれる?恥ずかしいなあ」
「ちっちがぁあぁあうぅ!!」
 本当に、面白い。
 そんな反応こそが、私の行動をエスカレートさせているというのに、石丸は気が付いていないのだろうか。
「それでは失礼、」
くん!」
 ぐい、とブーツを脱がそうとするが、全く動かない。当たり前だ、編み上げブーツってヤツほど脱がしづらいものはないだろう。分かってはいながらも、思わず舌を打つ。 
「石丸、これ脱がしづらい」
「当たり前だろう!僕だって苦労するんだからな!」
「(なんか返事がずれてる気がする)……でも格好良いよ。性的だし」
「っ、せ、……だ、だからそう言った言動は女子として慎みたまえと!」
 返事の代わりに、私はブーツとの格闘に励む。大事なものを扱うかのように、わざとゆっくりとした動作で紐を緩める。ごくり。頭上で唾を飲み込む音がした。あまりにも素直な反応に、無意識の内に笑みが広がってしまう。
 しゅる、と微かな音とともに紐を緩めきった私は、これまた焦らすようにブーツを脱がせた。ついでにくるぶし丈の靴下も放り投げてしまう。
「あは、可愛い足」
 自分の手よりも大きなそれを、愛しさを込めて撫でた。
「ま、まさか本気なのか……?」
「この期に及んで何を言っているのかな。私、最初に言ったはずだよ──っと、」
 ぱくり。
 まずはしゃぶりやすい親指から銜えこむ。爪にやんわりと歯を突き立て、指の腹を味わった。ちょっと湿っていてしょっぱかったが、それもすぐに私の唾液で分からなくなった。れろ、と指の間に舌を滑り込ませ、何度か向きを変えながら小刻みに動かす。
「う、ぁ……」
 漏れた声に顔を上げれば、顔を真っ赤に染め上げた石丸が居た。私のことを振り払いもしない様子から、どうやらキャパシティをすっかりオーバーしてしまったらしい。信じられない、といった顔が最高にソソった。その口元を押さえる手にも噛み付いてやろうかな、なんて思考に耽りながら、土踏まずから指の付け根まで一気に舌を這わせた。
「ぁ、……ッく、ぅ」
 石丸の足がくすぐったそうに引きつる。そのまま振り払われそうになり、慌てて足を抱え直した。
「もう、だめだってば!」
 そしてもう一度、と舌を伸ばしたところで、急な浮遊感に襲われた。ぐるり。視界が反転する。
「え、」
「君は、君というやつは……ッ!」
 気が付けば目の前には、石丸の真っ赤な顔と真っ白な天井があった。ぐ、と押さえつけられた手首が痛い。混乱した頭が、じわじわと現状を認識し始める。もしかして、押し倒された、
「こんな真似をして!君には警戒心というものがないのかッ!」
「ひ、」
 今まで浴びせられたこともない怒声に思わず身が竦む。
「君は女子なんだ!僕にだって力負けする女子なんだぞッ!!襲われるという発想はないのか!…………っ、くぅ、」
「いしま、る?」
「き、君は何時も僕を、から、かって……!一体、な、何がおもしろ、いんだ……ッ」
「……泣いてるの?」
 顔をくしゃくしゃに歪めた石丸が、目の前に居た。ほたり、ほたりと断続的に生温い雫が頬に降ってくる。
「い、石丸、」
「見ないでくれ、頼むから……」
「ごめん、」
「……」
 気付けば拘束はすっかり緩んでいた。石丸は自分の顔を覆うのに精一杯の様子で、それでも隠しきれない涙が私に降り注がれる。私はそっと石丸に手を伸ばして、目元を拭った。
「泣かないで」
くん……」
 石丸のしっとりとした赤い瞳が私を見つめる。途端、堪らなくなった私はそのまま石丸の頭を抱え込んだ。驚いた石丸がぴくりと身じろぎする。でも、抵抗と呼べるほどのものでないそれを押さえ込めないはずがなく、腕にさらに力を込めることで、大人しくさせる。
 嗚呼、自分の中から沸々と沸き起こるこの感情に名前をつけるとするなら、
「…………ゃ、か」
、くん?」
 ──おそらく、
「……可愛いじゃねえ、か。……ちょっと私、ないモノがたちそうだよ……」
「!?は、……はぁッ!?」
 ──萌え、と呼ぶに違いない。
 びっくりした顔も良いけど、泣き顔はさらに堪らなかった。どうしてこいつはこうも私のツボを刺激するのだろうか。今、目の前でこんな顔をされて、我慢出来る人間がはたして何人居るだろうか。恐らくそんなのは数えるほどしか居なくて、しかも聖人と呼ばれるに相応しい連中に違いない。
「ッ、くん!ここは空気を読むべきではないだろうか!?」
「いやあ、本ッ当に可愛いよ、」
 そして、私は残念ながらその他大勢に含まれる。我慢なんて出来るはずがなく、むしろする気すらない。あと、空気を読む気もない。
 にたにたと浮かぶ笑みを隠すことなく、私は石丸の身体に手を這わせた。据え膳食わぬは女の恥と言うじゃないか。ここで応えなきゃ、女がすたるってもんでしょう。
「ひッ、……ななな何をする気かね……!?」
「ん?第2ラウンドだけど」

 ──ごめんね、私ってこう言う人なんだ。





空気は吸って吐くものです