退屈すぎて死にそうだ。
このままでは私は暇に殺されてしまうかもしれない、とすら思った。見上げた天井は白く、顔に見立てる染みすらなくて、暇を潰せそうにない。しょうがなくベッドの上を転がってみるものの、すぐに止めた。全然、面白くない。その代わりに私は、クソ真面目に机へ向かう石丸へと声をかける。
「ねーきよたん、正座って得意?」
「何だね、その突拍子もない質問は!僕は今勉強しているのだから、邪魔をしないでくれとさっきも言ったはずだぞ?」
「うん、だから正座は得意?」
「君というやつは本当に話を聞かないな……。まあ、正座は得意な方だが。3、4時間くらいは大丈夫だ」
「……どんな機会があったら、そんなに正座することになるの?」
「?勉強をしていたらそれくらい普通だろう?」
「さ、流石きよたん……」
真面目にもほどがある。勉強なんて、テスト前日にするものだと考えている私には、到底真似出来ない。真似しようとも思わない。
そもそも、そんなの時間がもったいないじゃないか。勉強するくらいなら、私と遊んでくれればいいのだ。
「──そんなわけで、こちらにどうぞ」
私が今まで転げ回っていたベッドを、ぽすりと叩く。手を軽く曲げるジェスチャーも付けてのご案内だ。少しシワクチャになってしまっているのには、ご愛嬌と言うことでここはひとつ、ツッコミはなしの方向で願いたい。
「……話が飛びすぎてよく分からないのだが」
「ん?だから、ここに正座して下さい」
「だから何故!僕が正座しなくてはいけないんだ!しかも今ッ!」
「あまり考え込むとハゲるよ」
「んな……ッ」
「だってさ、どーせそのオベンキョーも暇潰しでしょ?なら私に付き合ってくれたっていいじゃんか」
「……何だか素直に従うのは釈なんだが」
「む。……じゃあ、お願いします。私、唐突に石丸くんの正座が見てみたいです、はい」
言い切ってから、ぺこりと頭を下げる。ちら、と上目遣いで石丸の様子を伺えば、盛大なため息が返され、その次には文房具と机が立てる軽い音が聞こえた。どうやら、ひとまず勉強の手を休めてくれたらしい。
「相変わらず、君が何をしたいのか分からないが。でも、頭まで下げられてしまったら、断るわけにはいくまいよ」
そういう石丸は相変わらず律儀だ。
「では失礼するぞ、」
ぎしり、とスプリングの軋む音と共に石丸がベッドに乗り上げてくる。わざわざブーツを脱ぐのは面倒だろうな、と私はそれをぼんやりと見遣った。やっとこさ脱いだそれをきっちりと揃えた後、石丸はぴしっと背筋を伸ばす。まるでお手本のような正座だ。正座の世界選手権があったら優勝出来そうなくらい。もちろん、ないけど。
「おぉ、」
「満足したか?」
「うんにゃ、」
ぼす、と自分の頭を石丸の太ももに載せた。所謂、ひざ枕というやつだ。頭の裏から伝わる熱に、私はふふっと声を漏らした。あったかい。そして固い。
「きよたんは筋肉質だねえ」
「な、いきなり何なのだ!」
「見ての通り、ひざ枕。さっきから相手してくれなかった仕返しに私はこのまま寝ます。おやすみなさい」
「くん!」
咎めるような声に耳を塞いで、わざとらしく寝息を立てる。途端、上からため息が聞こえたが、そもそも私が来てるのに勉強し始める方が悪い。何が、暇だなそうだ一緒に勉強しよう、だ。誰がやるかバカ。遊べよ、私と。
「ぐぅ、」
「くん、瞼がぴくぴくと動いてるぞ」
「……いしまるのばーか」
「やたらとはっきりした寝言だな」
「む、」
「分かった分かった、僕が悪かったから。どうか機嫌を直してはくれないか」
「……いしまるなんか、しらねー」
そう、私はすっかりご立腹なのだ、ちょっと下手に出たくらいで機嫌が直ると思わないでほしい。
私はむくれた顔を腕で覆いながら、左右へ素早く寝返りを打った。ただの回転運動と侮るなかれ、この動き、相手に多大な不快感を与えることが出来るのである。ざまあみやがれ。そして早く足が痺れてしまえばいい。
「っ、うわ、……や、止めないかッ!」
「ぐぅー」
「起きてるのは分かってるのだぞ!?こら、くすぐったいだろう!」
「ろーりん……ぐぅ、」
「……それは面白くないな」
「う、うるさい。ほっとけ、」
思わず目を開けたところで、石丸とばっちり目が合った。
何故だか、予想していたよりもずっと穏やかな顔をしていて、私の方が面食らってしまう。
「……う、ぁ」
その表情を見た瞬間、恥ずかしさが急速にこみ上げて来た。
「ん?どうかしたか、急に顔が赤くなってきたようだが……はッ、まさか熱が出たのか!?風邪は引き始めが肝心だぞ!?」
「ち、ちげーよばか!」
がばッと起き上がり、その反動で石丸を突き飛ばす。不意をついた所為か、石丸はいとも容易くベッドへと沈み込んだ。そして私は、そのまま一足飛びにドアへと向かう。居たたまれなさが尋常じゃなかったのだ。なんて、恥ずかしい。そんな思いが集まって、どんどんと熱を持ってしまっている。まるで自分が自分じゃないみたいだった。
「くん!?ど、どうしたんだ!?」
「ぅぅうううううるさいっ!客人に茶も出せないヤツとはもう話したくないだけだ、ばか!もうここになんか来てやるもんか!」
じゃあねッ!と捨て台詞を吐き、部屋から出ようとした時だった。
そう、確かに私は聞いたのだった。
「ならば次こそお茶菓子もきちんと付けて用意するから、一緒に話をしようじゃないかッ!」
──ああもう、あのアホ、そうじゃないんだってば!そんなことを言われたら次に期待しちゃうじゃないか!
閉じたドアの前で私はとうとう突っ伏した。完敗だった。