突然私の住むボロアパートの二階端の部屋のドアが吹き飛びました。幸い台所でコーヒーを煎れていたところなので、ドアによって圧死と言う惨めな死を晒す羽目からは逃れましたが、残念ながらこれからはすきまどころではない風に晒される羽目にはなりそうでした。
木片や木屑の舞う向こう側の影から察するに、どうやら男が二人。あとで修理代でも請求させて頂くことにします。凍えぬのは嫌ですからね。
「俺たちは新撰組だ。女、高杉を匿ってたろ。今すぐ出せ」
「お嬢さん、出さなきゃちィと痛い目見ることになりますぜ。大人しくした方が身のためでさァ」
私はその言葉に思わず黙りこくります。けしてその高杉とやらを匿う気だからだなんてわけではなく、単にその高杉とやらに心当たりがなかったからです。
「…はて、どなたのことでしょうか?」
「あァ?とぼけんなよ。ネタは上がってんだ」
「まァまァ、土方てめェそう青筋を立てなさんな。もしかしたら知らずにってことも――っと危ないですねィ、いきなり何すんでさァ」
「それはこっちのセリフだボケェェェェ!何上司のこと呼び捨てにしてんだコルァァァ!」
「あーやだやだ、これだから土方ってヤツは。…お嬢さん、あんな血気盛んなお人の相手しちゃいけやせんよ。さ、あっちでアイツを倒す作戦でも立てましょうや」
「ちょ、おま筒抜けなんですけどォォ!」
「……はぁ、」
私には話がさっぱり見えてきません。二人が新撰組で高杉さんを追いかけてて、それが私の家に匿われていた、と言うことしか分からないのですから。
「…はぁ、」
私は今度は困惑ではないため息をこぼしました。この人たちは結局何がしたいのかしら。そう思えど、当人たちは今度はお互い喚き合っているので聞くに聞けません。取り合えず、さっきから放って置かれた所為ですっかり冷めてしまったコーヒーを一口含んでからひょいと窓から飛び降りました。しまった!とか土方のせいでさァ!とか取り合えず追いかけろ!と言う言葉が聞こえましたが、誰が待つとでも?
――とにかく猫を、探さねば。
それだけを胸に私は裏路地をひた走ります。
..........
「ねえ、貴方は猫じゃなくて高杉と言うのですね。しかも指名手配犯」
「あァ」
「お陰でアパートのドアが全壊しました」
「…あァ」
「あァ、じゃあないんですがね。まぁ、別にいいです弁償だなんてそんなこと求めませんから」
そう言ってはぁとまたため息。今日は本当にため息が多い日です。どれだけの幸せが逃げたのだろうかなんてそんなこと、恐ろしくて考えられません。明日こそハレルヤ。幸せでありますように。そう心の中でそっと呟いてから、じっと猫を見つめました。
「…なんだよ」
「いえ別に。睫毛が長いのですねと思っただけあって、家に帰れないだろうなとかそんなことは考えていませんよ」
「だからお前、オブラートに包めって言ってるじゃねェか…」
「だから薬は錠剤派って何度も言ってるじゃないですか」
そう言ってにこりと笑うと猫──いいえ、もう高杉さんと呼ばせていただきましょうか──ははあぁと私より大きいため息を吐いてから(人のこと言えませんが幸せが逃げますよ)、無言で手を差し出しました。
「?なんですか?」
「足、怪我してんだろ。たく、綺麗に皮が剥けてやがる。裏路地を裸足なんかで走るからだ」
「あぁ、そう言えば…そうですね」
でも元はと言えば、高杉さんが指名手配されるようなことをするからでは…と思いましたが、敢えてそれは言わずに大人しく手をお借りすることにしました。そして高杉さんの手を掴んだ瞬間ぐるんと視界が回転して、お腹にぐぅと圧迫感が。
「!?な、にを」
「…どうせ歩けねェだろ」
どうやら私は高杉さんに俵のように肩に担がれているようでした。こんな線の細い身体でよく私を持ち上げられるなぁと感心しつつ、一応重くないですか平気ですかと問うと、
「軽くはねェが重くもねェよ」
だそうで。
それを聞いて安心した私はぶつんと意識を飛ばしました。願わくば、あの使い慣れた布団の上で目覚めますように。
犬と猫
(そして愛しの我が家のドアが直ってますように、)