私が何時も通りのところで大きな欠伸と共にぐうと伸びをしていると、ここ最近毎度毎度やって来るへらへらとした阿呆面を晒す男が居る。
「あ、やっぱり今日も居たー。ねえねえ、一緒にお昼寝しよーよ」
「いやだよバカ、私は別にあんた昼寝なんてしたくないの」
私はキツイ言葉と共にツンとすましたながら顔を背けてその男からきびすを返──そうとする。そう、返そうとしたのだ。なのに。なのに、なんで!
「ああもう逃げないでってば。何時も一緒に寝てる仲じゃんかー」
「ちょ、誤解を招く言い方すんなー!」
なんで、すでに阿呆男の腕の中に私は居んのさ!いつの間に私はあんたの腕に包まれちゃったわけ?私にはもうそれはもう素敵としか言いようのない恋人が居るのだから(もちろんラブラブなんだから、ね!)、こんな頼りないベネチアーノと昼寝をするくらいなら恋人である彼と生徒会室のふかふかなソファーで寝た方がよっぽど心地良いのよ。優しくてあったかい手に頭を撫でられながら夢の中へ旅立っている方がよっぽど幸せな気持ちになれるに決まってるんだから。
「えへへ、今日も日差しが気持ち良いね。おやすみ〜」
「……ちょ、もう、ねえってば、話聞けってば、あんた、ねえ」
────なのになんで私は彼と全然違う手のひらに頭をよしよしと撫でられて瞼を下ろし始めてしまっているんだろう。
いや確かにこいつだって子猫みたいに体温が高くて多少うっとおしくとも、なんせあったかいから包まれると気持ちは良いけど。いやしかしこいつは彼でないわけで。あの甘い声で私を呼んでくれるわけでもなくて。本当にどうして?ちいさな脳みそはその答えを探すのに精一杯で、しかもきちんと回転してくれないものだからまるで自分の頭のてっぺんからぷすぷすと煙が出てくるような錯覚に陥った。なんでなんで。もはやその疑問だけが脳内をかき回す。普段使わないそれを酷使した所為かさらに逃れがたい睡魔がとろりと私にふりかかる。上瞼と下瞼がランデブーしようとお互いに手と手を伸ばし合う。頭を優しくなでるその手に誘われ、つまり────
***
「ー?おいどこ行った?」
俺はあの愛らしい、腕の中にすっぽりと収まる小さい彼女を探して名を呼ぶ。あれはきまぐれな質で、目を離すとふらりと居なくなるものだからこのやり取りには慣れてしまった。フランシスの阿呆は、お前いつかあの子のこと飼い殺すぞ、なんて言うがそんなまさか。他のどいつよりも大切にしてるし、なにより向こうだって誰よりも俺のことを好きで居てくれていると自負しているだけにそれだけは認めたくない。職務に追われている時も窓から零れる優しい日差しの中でするお茶会の時もそしてもちろんお昼寝の時だって、何時だって何処でだって一緒なんだからな!
そう考えながら思わず眉間に皺が寄るのが分かった。本当にどこに行ってしまったのだろう。いつもは昼休みの時には帰ってきていたのに。まさか誰かに絡まれているとか……?うわ、ありえる、なんてったってあんなに可愛いんだからな。
「……ったく、どこに行ったんだか……」
ぶつぶつ呟きつつ俺は裏庭へと向かう角を曲がる。手を顎に当て、これでここにも居なかったら一旦生徒会室に帰ろうもしかしたら帰ってきているかもしれないなんて考える。あーもう、あいつを捕まえたらすぐにあの絡まりやすい毛を櫛で優しく梳かしてやろう。そうだそれが良いに違いない。
「…………」
ぽむと手を打って、そして顔を上げた俺はそこで信じられない光景を目の当たりにする。目の前に、木にもたれ掛かるようにしてだらしなく眠るフェリシアーノが居た。のはまだ良い。それはまだ良いとして、なんとその腕の中に居るのは、紛れもなく、俺の探していたであって。すうすうと聞こえてくるような呼吸に合わせて微かに上下する胸。心地良さそうにフェリシアーノに頭を擦り寄せては、その身体をフェリシアーノは、優しく抱き寄せる。
……え、これなんて言うジョーク?
呆ける俺の、いやむしろ人の気配を敏感に感じとったのかがぴくりと身じろぐ。ふるふると長い睫毛を震えさせながら黒耀石を覗かせるとそのまま緩くかぶりを振って、そしてぐうとしなやかに伸びをする。まだ焦点の合わない目で辺りを見渡し──そして俺を視界に入れた瞬間、ぴょこんとあいつの腕から抜け出し嬉しそうに俺に擦り寄りながらその小さな口を開いて、鳴いた。
────にゃあ。
普段はあんなにもいとおしく感じるはずの黒猫が一瞬、どうしようもなく小憎たらしく思えた。
柔らかな手
(だってお前だけは俺の友達だと思ってたのに!)