ふわり、と。
 かぐわしくそして花のような、そんな香りが香る。ほうと息を吐きながら下を見れば、私が淹れようとしたのをやんわりと断って、主人自らが淹れて下さった琥珀色の液体が映った。砂糖もミルクも入れていないのに、舌が感じるのは甘味。自然で素朴な、けしていやらしくない微かな甘味だ。茶葉が良いのだろうか。それとも、主人の淹れ方が良いのだろうか。……多分どっちもだ。
「どうだ、美味いか?」
「はい。とても」
 嘘を吐く必要なぞ微塵もないので、私はこくりと素直に頷くと主人はそうか、と何故か居心地の悪そうに視線を虚空に泳がせながら手元の紅茶を啜る。ごくりと液体を嚥下し、波打つ喉元が私の目に入った。白い陶器で出来たティーカップとそれを摘む、白く細い指先。その指を支える手のひら、辿れば二の腕、肩と続くのはよくしなる一本の美しい枝。嗚呼、この人は本当に何をしても様になるなあ。私がぼんやりと主人の動作に見とれつつそんなことを思っていると、
「なァ、」
「はい」
「このスコーンお前焼いたのか?」
 すげー美味いなこれ。そう言って顔を綻ばせながらさっくりと焼きあがったスコーンにクリームとブルーベリージャムを塗ったものをもさもさと頬張る主人の姿は大変愛くるしかった。いや、もちろん成人男性に言う言葉でないことは分かってはいるのだけど、でも、思わずそう思ってしまったのだ。可愛い、と。でも、私はそれと同時に罪悪感に襲われた。だって、だってそれは。そのスコーンは。
「アーサーさま、」
「ん、なんだ?」
「そのスコーンで御座いますが」
「うん、分かってるって。お前の自信作だろ?紅茶にすげえ合うよ」
 そう言って普段は顰められていることの多いお顔がふわりと笑っていることが余計に心を締め付けた。しかし私は言わなくてはいけない。主人に仕える者として真実を伝えなくてはならないのだ。主人を落胆させるくらいなら言わなければいいじゃあないかと頭の中で囁く悪魔を振り払い、私はすう、と息を吸ってから努めて真顔になるよう必死に表情筋を駆使しながら、言った。
「……いえ、それはフランスさまがお焼きになったのです。私が忙しそうにしているのを見かねて、そしてアルフレッドさまに、まずいと言われてしまったのがショックで焼けなかったので」
「そうそう、よく焼け…………え?」

 ぴしり、と固まった空気に私はそっと首を振って、主人の無言の問いに答えてみせた。
 ──今日も良いお茶会日和で御座いますね。

 そう言って啜った紅茶はやはり美味しかった。



お茶会