しとり、しとり。

            ぱたぱた、

 ぱたっ。

       さあさあ。

 ぽた、ぽた。

────ぴちゃん。


「あ、雨、」
「おや、さんは雨はお嫌いですか?」
「んーそうですねえ……出掛け先でいきなり降られる雨は困りますけど、じとじとして髪が纏まらなくなるのも大変ですけど────嫌い、じゃあないですねえ」
「はあ、それはまたどうして?困ったり大変だったりするのでしょう」
「空気が澄むじゃあないですか」
「それに紫陽花に滴る水滴、綺麗ですし。傘に雨粒の当たる音も好きです。彩度が落ちて、でも何故かきらきらしだす風景がたまらなく愛しいときもあります。昔だったら長靴で水溜りに突っ込むのも良くやりました。楽しかったなあ。ああ、カタツムリも探したっけ」
「ふふ、良く分かります」
「でしょう?」
 ではそう言う本田さんは?どうです、雨。そう頬を緩ませながら問うと本田さんはそんな私の様子を見てか、袖でそっと口元を押さえながらくすりと笑い、楽しそうですねえ。いえ、私も好きですよ、なんて返してくれた。私はそれが何故か無性に嬉しくって、でもそれを気取られるのが恥ずかしかったものだから──ちなみに本田さんのお家は今のご時世中々お目にかかれない、素敵な日本家屋なのだけど──そっと縁側で足をぶらつかせながらガラス戸にくっつけたお手製のちゃちいテルテル坊主に視線を留めたまま、それは良かったです、とちょっとぶっきらぼうに返事をしてしまった。でもそんな私の心情なんてすっかりお見通しの本田さんのことだから多分まだ袖の向こう側で小さく柔らかく、笑ってるんだろうなあ。嗚呼、敵わないなあ。
さん、」
「はい?」
「梅雨、ですね」
「はい。じとじとしますねえ」
「でもさんはお嫌いじゃあ、ないのですよね?」
「はい。それなりに好きですよ」
「そうですか。それはとてもよかったです」
「へ?」
 すっくと。流れるように本田さんが立ち上がる気配がした。しゅる、と微かに衣擦れの音がする。なにが、いいのだろう。思わずじぃと子どものように見つめている私にくすくす、とまた笑みを溢しながら私の手をそっと取り(ああ、なんてあくまで自然なんだ!)、立ち上がらせる。そして悠然と響くその御声で囁くように、しかし凛とした響きでたった一言、私にとって、今の自分にとって一番の魔法の言葉を吐いたのだ。

「           、」

 ────ああもう、なんてずるいひと。そんなの、そんな風に、こんなシチュエーションで、断れるはずがないじゃあないですか。
 でもまあそんなことを思いつつ、不思議と全然悪い気がしていない自分も居るんですけど、ねえ。



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