そうだ、最初から嫌な予感はしていたじゃあないか。
私は何度目なのかもう分からないため息を飲み込んだ。これ以上幸せを逃して溜まるものか。お前ごときにやる幸せなんぞこれっぽちも残っちゃあいないのだ。自分の分で精一杯だ。もう残量がレッドゾーンに入りそうなんだ!しかしそんな私のささやかな努力なんて知ったこっちゃないコイツは(実際知ってても踏み潰すようなヤツは!)、何時も通りの笑みを浮かべながらにじり寄ってくる。
「はっは、氏じゃあないデスか!今日も元気に愛されちゃってくれますか?くれますネ!」
「愛された覚えはないし、愛されたくないよ。むしろお前の登場で私のテンション下がりっぱな……うわあっ!?」
ひゅうっと自分の喉が鳴ったのが分かる。目の前に大きく映るのは柔らかな桃色の髪の毛と強い光を放つ赤い瞳、それと少し薄汚れてきた見慣れた天上だ。背中に感じるのはスプリングの利かないベッドの感触。まさか、まさか。
────お、押し倒された…!?
そんなまさか。たらりと流れる冷や汗に現実を捨ててどこかに行きたくなったが、腰に添えられたヤツの手はどこまでも本物だったし、肌で感じる感覚はクリアだ。現実。どこをどう切り取ってもこれはリアルだ!嫌になるまでの事実だ!
「な、なな、おま、え…!」
えぇい、冗談は顔だけにしろ離せっ、と振り上げた両腕はあっさりと捕らえられ、そのまま頭の上で纏められる。いやいやこの展開はいかんだろう!どうした、ハスタ・エクステルミ。何が起きたんだ、テルミー!ぱくぱくと口を動かす間にもヤツの手は私のTシャツをたくし上げる。そしてそのまま顔をぐう、と寄せてにやと哂った。思わず目を瞑りかけた私だが、そこであることに気付く。
「……くさっ!?」
酒臭いぞコイツ!まさか。もしかしなくとも。
「……酔っ払ってるのかハスタ」
「まさか!そんなことあるワケがないじゃろ?オレはいつだって真剣そのもの、笑劇の主人公ですわよマダム」
「話通じてな……ひいい!」
ぺろり、と。
目の前の変態と言う名の殺人鬼は私の引き攣った頬に舌、をしし舌を、這わせ…うわああああ!
しかもあろうことか、ヤツは調子に乗ってきたようで段々と唇を下へ下へと移動させていく。鎖骨、胸、わき腹、へそ、そして内腿。やばいやばいやばい。このままではいけない!私の貞操の危機である。断固阻止せねばならぬ。こんなヤツに取られるのはどうにも嫌だ!
「や、ぅ、……ひぃい、こそばい!うあ、ちょ、やめ……!」
半泣きで必死に暴れれば、ちっともびくともしなかったのに何故かヤツは動きを止めた。そして不思議そうに首を傾げながら(ちなみに可愛くない)、ぽつりと一言、人の腹を指差しながら、ついでにむにゅと摘みながら、ぷにぷにしてるんだりゅんと言った。そう、言ったの、だ。
「──しんでしまえ」
その言葉と同時に自分でも信じられないような力でヤツの拘束から抜け出し、思いっきり顎にアッパーを食らわせてやった。ピンクのかたまりがベッドと言う私の聖域から転げ落ちたのを見て思わずガッツポーズを決めたのは言うまでもない。