隣で上機嫌に愛槍の手入れをする男が居る。正直気持ちが悪い。何が気持ち悪いって大人しく割と上手い鼻歌と共に槍なんか磨いてることだ。そりゃ、手入れしなきゃならないものなのだからしょうがないと言えばしょうがないのだけど。なんとなくイメージとそぐわないと言えばいいのか。敢えて例えるならサバンナにくじら、海にライオン。もしくは宇宙に人間。ほら、気持ちが悪い。
うぅ、と思わず呻くと何故だか急に鼻歌が止んだ。そしてぎし、と軋むソファ。疑問符を浮かべつつ、ついでだからさっきからがつんがつんと私に当たる槍の柄にでも文句の一つを言おうかと雑誌から顔を上げる。
「……顔、近くないか」
気づいたら言うべき文句の内容がすり替わっていた。それにしても近い。
「ん?ソーデスカ?別にそんなことはないと思ったり思わなかったりするのがオレだったりするわけで」
「……つまり反省の色はないと」
取り合えず近すぎるから離れてくれ、と手を突っぱねても私の脆弱な筋力が傭兵の力に勝るはずもなく、むしろあっさりと手首を捕まれそのままひっぱられる。そしてじぃと私の指を見つめられた。言っておくが私の手なんて特に手入れなんてしてないし、むしろ爪は短く、ささくれもあるわハンドクリームを塗るのを怠った所為で荒れに荒れているわで散々だ。そんな手を見て何が楽しいと言うのか。
「」
「何」
「指、食べていーい?」
「!は、何を、」
自分の目が大きく見開かれていくのが自分でも分かった。何を、言ってるんだ。言葉の続きは言わなくても伝わったと信じたい。まじまじと見つめればどう解釈したのかにぃまりと笑みを深くしたかと思うと、
「ひ、……!」
ぞわぞわと。
背筋に冷たいものが流れたような気がした。まさに身も凍るような。生理的な、本能的な恐怖が体中を駆け巡る。私の引き攣った頬、震える指先には彼の弧を描く口元と嬉しそうな目。私の指は彼の口の中にすっぽりと納まってしまっている。じんわりと温かく湿った舌と硬い歯の感触が伝わり、また身体を震わせれば、彼はさらに嬉しそうな顔をした。
「や、めて……怖いから止めて」
「んー?」
「う、ぁ、」
彼なら本当に噛み切りかねない。そのままごくんと飲み込んでしまいかねない。
反射的に涙腺から押し出された涙がぼろぼろと頬を伝い落ちる。それは止めようにも止められなくて、見られたくないからと顔を背ければ指を甘噛みされる。
──ああいっそ、
思わず見上げた天井の染みは私たちを哂っていた。
指先から侵食