※ギルベルト女体化注意。





 長い銀の髪をゆらす姿に、私はただ見とれるだけだった。
 ひたすらに血生臭く、人間のどろりとした部分が剥き出しになる戦場というシチュエーションにおいても、彼女は一輪の花のように凜と佇んでいたのだった。その姿は酷く美しくて、近寄り難い。
 この場を支配しているのは間違いなく彼女だった。他の連中はただ彼女にひれ伏すばかりで、腕の隙間からこっそりと彼女の動向を伺うのが精一杯だった。彼女がただ一度剣を振るだけで、敵が、味方が、斬られ、撃たれ、倒れ、呻き、動かなくなる。まるで死神だ。しかし、こんなに美しい死神ならいくら魂を刈り取られても構わない、なかば本気で私はそう思った。
「あ?どーしたよ、んなアホ面しやがって、」
 じぃと見つめる視線がくすぐったかったのか、彼女は小さく笑いながら振り向く。途端、先ほどまでの張り詰めた空気が瓦解した。私は胸にたまった緊張と共に息を吐く。ゆるやかな呼気は虚空に霧散した。
「……なんでも、ありません」
「何でもなくはねェだろうよ。あたしが気付かねーとでも思ったか?」
 嗚呼、敵わないなあ。
 その言葉が私の胸にほの暗い喜びを満たす。誰も寄り付かせない彼女だったが、こうしてたまに私のことを気にかけて、振り向いてくれる。そのことが私の中の優越感を、自尊心をくすぐるのだった。あそこで血溜まりに沈む兵士とは違う。私には、まだ彼女が振り向くだけの価値がある。そのことに安心して、私は手元の剣を握り直す。
「大丈夫です、少し、雰囲気に呑まれてしまっただけですから」
「……そうか?ならいーけど。あ、でも、無茶すんなよ、」
 そんな言葉と共に私の頭が掻き乱される。くしゃり。その手は優しい。
「あたしを置いていったら許さねーからな」
 嗚呼、嗚呼、嗚呼!
 なんて、甘い言葉なんだろうか。ここが戦場であることも忘れて、手放しで喜んでしまいたい。己の存在の意義を見つけたことに快哉を上げてしまいたい。
「……変な顔すんなよなぁ」
「ッ、申し訳ありません。不快な思いをさせてしまったのなら、謝ります」
「いや別に責めちゃいねーぞ?お前はそのまんまでいいんだからよ。謝ることじゃねえさ」
「……ありがとう、ございます」
 本当にこの方は優しくて、強い。私は涙が零れそうになるのを防ぐために顔を伏せなくてはならなかった。私は。私は、貴女のために生きている。そう強く自覚した。ならばそれに相応しい駒になろう。盾として貴女を守り、剣として貴女の敵を打ち倒そう。
 それはけして報われるものではないけれども。まさに神に背くような想いではあるけれども。それでも私は。

「ユールヒェン様、」

 貴方のために死ねるなら、これほど幸せなことはあるまい。





幸福の死因