いわゆるファーストコンタクトってやつは間違いなくあの場面だったわけだけども、
それはもう目に優しくない極彩色的なまでの鮮烈さと鋭利なナイフで指先を切った時に感じるあのぴりりとした痛快な衝撃を私に与えてくれたわけである。
そう、それこそ、別段陳腐な言い回しでも構わないと言うのなら、まさしく“運命”と言っても差し支えないほどに、だ。
いやむしろ私の貧相なボキャブラリーではその程度の言葉しか思いつかないのだからこのままで通させて頂こう。
もっと良い言葉があれば良いのだけども、まあそこまで高望みはしない。この諦めの早さに関しては私の美徳であり悪徳である。
そして恥ずかしげもなく、多量ののろけを含みつつもそのワンシーンについて語らせて頂けるならば、そう、それは寒さが人々を震わせ朝方のぬっくい布団が恋しくて堪らなくなる、そんな季節のことである。
つまり、冬休み前のとある日のことだ。
「これ借りてぇんだけど」
「あ、はい。では返却は始業式後一週間以内ですので悪しからず。あと、こっちにも書いて頂けますか」
「あ?」
「これ」
こっちがそんなに親しくないのだからとバカ丁寧に敬語を使っているって言うのにも関わらず、普段通りの、横柄と言うかふてぶてしいと言うかなんと言うか、
取り合えず大きな態度のままを貫き通すこの男はギルベルト・バイルシュミットと言う。
ちなみにあまり関わりはないとは言えクラスはお隣であったりして、教科によっては合同クラスなどで同じ教室に押し込まれることになっている。
この男、名前はとてつもなくカッコイイのに──いや見目も良いのだ、良いっちゃあ良いのだけど──でも紛れもない、三枚目の立場を見事射止めているのだった。
フランシスとアントーニョの悪友連中に猛烈な勢いで泣かされて、数学の時間に教室を飛び出したのも記憶に新しい。あれは本当にびっくりしたもんだ。
なんて、そんな目の前の男についてをつらつらと考えながら、本の後ろの方にある貸し出しカードを取り出して差し出した。
名前と組を書き込むだけの至って簡素なものだ。しっかしこれがまた、整理が面倒くさいんだよなあ。来年は、図書委員止めようかなあ。まったく。
「ふぅん分かった」
返事と共に彼の手の上でくるくると綺麗にボールペンが弧を描く。
そう言えばペン回しなんてもの、必死こいて練習していた小学生以来やった覚えがない。くぅるり、ぱしっ。
手のひらに収まったボールペンがすらすらと紙の上を走り出す。随分と乱暴な字を書くもんだ。折角手つきは綺麗なのに。……って、
「あ、」
「んだよ?」
「あ、や、別に。……左利き、なんですね」
「そうだけどよ、そんな珍しいか?」
「いーえ、なんとなくです」
「……あ、そ」
ほらよ、書き終わったぜ。そう言って左手で差し出された貸し出しカードに私は少しだけ慌てた。
何故だかぽかぽかに顔が火照っているのが分かって、思わずあらぬ方向を見ながら手を伸ばしたものだから彼の手に自分の指先が触れてしまう。
「っ、」
「?」
「……、じゃ、じゃあ返却は」
「『始業式後一週間以内』だろ、わーってるよ。んじゃな、図書委員さん?」
ひらりと振られた手に私は脱力した。熱くなった頬を両手で挟み込んで私は大きなため息を吐いた。
なんてこったい、来年も図書委員やらなくちゃいけないじゃあ、ないか。
「と言うことがあったんだよフランシス!」
「ちょっと、待て、ちゃん、お兄さん今のどこに惚れる要素があったのかが全ッ然分かんないんだけど」
「ちょ、やだ、惚れたとかそんなんじゃないし、」
「世間一般じゃそれを一目惚れって言」
「ああもう、どうしよう本当に殴りたくて堪らないなあギルベルト・バイルシュミット!」
「何故!?」
極彩色のナイフ