すごく暇だった。
暇すぎて、今にも暇に殺されそうだった。ぎゃふんうわぁあばりーん、って感じで。
これではヤバイこのままでは危ない、と自分の精神における危機を感じ取った私は取り合えずそれをどうにかするため、見慣れた頭部のところまで背後からそっと忍び寄り、目の前にある色素の薄い髪の毛をがしがしと撫でてから──叩き始めた。
「ギルーギルベルトー」
ぺちぺち。
「ねーバイルシュミットぉー……」
ぺちぺちぺちぺちぺ、
「……ッだぁあ!なんなんだよ!おまえは何がしてーんだよコラ!」
「あーそぼ」
「はあ?」
「だぁから、遊ぼうって。アレェ言葉分カリマスカー」
「分かるっつうの!馬鹿にしてんじゃねェよ!」
「なーんだ、じゃあ遊ぼうよ。一から、言葉も教えなきゃなんないのかと思って焦っちゃったじゃんかよもうバカアホドジマヌケ」
「あれ何か今すげー暴言吐かれたんだけど微妙に傷つくんですけど……まぁ、いいや、あ、いや良くねェ、じゃなくて……、」
「はーい、吸ってェ、吐いてェ……そう、そのままそのまま、、せーの、ひっひっふーひっひっふぅ、」
「よし、深呼吸だな分かったぜ、ってそれは妊婦だろうが!バカか!はバカとか人のこと言えた立場じゃねーだろ!」
「うわぁ、ノリツッコミとか……引くわぁ……」
なんでそこで引くんだよ!?なんて喚くギルベルトのでこをはいはい、なんて軽くいなしながらまたぺちり。くしゃ、と触れる髪の毛が気持ち良い。くそう、こいつなんでこんなふわふわな髪の毛かなあ。私よりふわっふわなんじゃないのこれ、あ、ちょっとそれは悔しい。悔しいからぐしゃぐしゃにしちまえー。
「う、わ、ちょ、止めろっつってんだろうが!ああもううぜェな!」
「まあ酷い、私のことうざったくて足手まといでどこかに行ってしまえばいいとか思ってたのね、そうなの、私のことは遊びだったのねギルベルトさん!酷いわ、訴えてやるー!慰謝料ぶんどってやるんだからねえええ!」
「ちょ、ここ教室だかんな、止めろ、そんな誤解を招くようなこと言ってんじゃねえええ!って違う、フランシスそんな目で俺を見るなぁぁぁ!アントーニョもああなるほどみてェな顔で頷いてるんじゃねェよ!!……もうやだ、こいつらと付き合っていけねーよ……!」
「あれ、じゃあ付き合わなきゃ良いじゃない。お昼とかも一人で食べればいいんじゃなーいの、」
そうニヤニヤ(フランシスだったらニヨニヨ)しながら言い放つと、ギルベルトはバッと勢いよく慌てたように(しかもうっすら目が潤んでませんかこの子!)、え嘘だろと言わんばかりに口をぱくぱくさせながらこっちを見てきた。私はそれを見た瞬間、自分の中の何かに火がついた。いわゆる、サディズムってやつだけど。
────ヤバイ、これは、面白い。もっと苛めてみたい。
「ね、いいんじゃないそれで。これからは別行動しよっか。ホラ、一匹狼ってやつ?いいんじゃない、響きはカッコイイから!まァ、ぶっちゃけ言うと単にハブられちゃった子のことなんだけどね、一匹狼って。でもだってねえ、ギルは一人がいいんだもんね、楽しいんだもんね?」
取り合えず思いつくままに、思ってもない暴言を吐き出す。言葉のダムが決壊したみたいに自分の中からそれが流れ出るのが分かった。全ては、ギル(への歪んだ思い)のために、である。そしてそのまま、ね!と目配せするようにフランシスたちの方へ目を向けると、アホ、と何故か唇が動いたのが見えた。え、ぇえ?なんで?
「……か、……」
「え?」
「……ッ、のバカアホドジマヌケ大ッ嫌いだッ!」
あ、なんか今すごい暴言を吐かれた気がする。でも今の私はそれを気にしている場合じゃなかった。バンッ!と教室のドアを思いっきり開け放ったギルベルトはそのままどこかに走り去ってしまったからだ。あ、あれえ、と阿呆みたいな声をあげる私の肩をぽむ、と叩いたフランシスは呆れ顔だった。横にはもちろんアントーニョも居て、あらら、行ってもうたわあ……って、あれ、それでどうしたん?なんて言ってる。この天然さんめ。
「、あれは言い過ぎってもんだぜ?あいつ、半泣きだったもん」
「え、ほんま?半泣きやったん?」
「え、ぇ、あー……ま、まじ?」
「ほら、追いかけてやんな。どうせ屋上とかだぜ、あいつ。ベタが洋服着てるようなヤツだから……な?」
「あ、うん、……うん。行って来ますっ」
二人の手に押されるように私は立ち上がった。正直、自分が情けなくなった。何が、と聞かれても困るのだけど、とにかく情けなかった。自分から動けなかったことも調子に乗って実は繊細なあいつを傷つけたことだとか、とにかくぐちゃぐちゃと入り混じって良く分からなくなってしまったのだ。ああなんて後悔!私ってやっぱりバカだ!