最初に言っておこう、私は1ミクロンたりとも悪くないと。そして悪いのはあんな無防備で人のサディズムに火をつけるような背中を私の前に呑気にも晒し続けていたこの男なのだと。
ぐり、と骨の擦り合う音がする。それは縦にまっすぐに伸びた、しかし横から見れば緩やかに美しいS字を描いているであろう背骨と私の、ギルベルト曰わくちっせェ足をきちんと可動出来るように繋ぐ膝が奏でているものだ。あれ、そう言えばここってなんて言う骨だっけ。それともただの蝶番関節だったっけ。彼のいとこなら医学に精通しているから、この問いに眉をしかめながら答えてくれるはずなのだけど(ちなみに彼は何時だって眉間に皺が寄っているのであって私の突拍子もない質問に対してしかめているのではない)、生憎と居ない人物について考えてもしょうがない。私はただ、ギルの身体を支えている美しいラインに自分の膝を力一杯押しつけた。ぐり、ぐり。膝に伝わる感触はお世辞にも心地良いとは言えないけど、薄暗い気持ちよさが滲む水彩のようにじわじわと心の中に広がるのは分かった。
「ちょ、てめ、何しやがる」
「ん、気にしないでいいよ」
「気にするっつうの!地味に痛ェんだよバーカ」
そう?と小首を傾げながら懲りずに体重をギルの背中にかけ続ければまた上がる非難の声に私は無言で笑った。くつくつと小さく喉が鳴ったけれど、咥内で反響しただけで外に出ることはない。ぐり、ぐり。まだ、私の膝はまだギルの背中を圧迫している。このままギルにめり込んじゃいたい、なあ。もちろん、無理なんだけど。
「──だぁ!もうなんなんださっきから!いい加減にしないと怒るぞ俺も!」
「倒置法だね」
「そこじゃねェし!」
「じゃあどこ……わ、っ」
気付いたら世界がぐるりと反転していた。さっきまでせなかをむけていたはずのギルベルトのあかいまなこがわたしをつかまえている。皺の寄った眉間はいとこのそれと奇しくも瓜二つである。ちゃり、と彼がいつも首からぶら下げている十字架が鳴った。ったく、とギルの口が呆れの形に歪むのが分かる。
「……ったく、本当に何がしたいんだか」
「行動の言語化を図るなら“ギルベルトを踏みたい”、かな」
「なんじゃそりゃ」
なんじゃそりゃもなにも、言葉のままである。今私の中で三大欲求すらをも凌駕しているのは、“ギルベルトを踏みたい”それだけだ。性欲、とはまた違うのである。
──あ、でも。
「……このまま殺されてもいいなあ」
「はあ?」
「いや、せっかくのマウントポジションを獲得したんだから。ねえ、どう?」
「…………俺はこれでもとの付き合い長ェつもりだけどよ、未だにお前のことが分かんねーよ」
「そうかな」
「そうだっつーの」
うーん、可笑しいなあ。ギルベルトになら殺されてもいいくらいには愛してるし殺したいくらいには嫌いなんだけどなあ。これって私なりの愛なんだけど、なあ。
不安定な私を包むように、そして縋るように抱きしめてくるギルベルトの肩の向こう側を見つめながらぼんやりと思う。本当、ふしぎだ。
骨の尖