満月の晩はそっと部屋を抜け出し、屋敷で一番高い場所で息を吐く。ポケットには甘いチョコレートを潜ませて。
「やっぱりここか」
そんな声に私は振り返らずにただ頷く。毎度毎月のことだから彼も承知しているんだろう。ああ、それにしても月が綺麗だ。まんまるのつき。蜂蜜色のそれはとろりと溶けてしまいそうだ。レモンを添えて食べてしまいたいくらい。
「今日も月が綺麗だねえ」
そう呟くと後ろでくくっ、と楽しげな笑いが零れる。それにつられて私もくす、と小さく笑みを浮かべた。ねえ、ガイも座ったら?そう問えばようやく隣に人の熱を感じた。ちらとそちらを見れば少し離れたところにちょこんと大きな体躯を折り曲げるようにして座る彼の姿。それが妙に可笑しくってくすくすと笑えば不満そうな声が上がる。
「なんで笑うんだよ」「うぅん、なんだか面白くって」「そうかー?」「うん」「…ったく、」
呆れたような彼の顔に反比例のごとく私の頬は緩む。それを誤魔化すように夜空を見上げれば相変わらず月が私たちを見下ろしていた。ほぅ、と息を吐き、目をそっと瞑る。じんわりとした暗闇にぱちぱちとした光が走る瞼の裏側はまるで星空のようだ。
「、どうしたんだ?」「ん、瞼の裏側を見てた」
ぱちん、と目を開けて横にようやく身体を向ける。そこにはびく、と少し身体を振るわせたガイが居る。今の震えは私の所為か、それとも寒さの所為か。もしかしたら両方なのかもしれないなぁ、なんてぼんやり思いながらにへらと笑う。今のことは知らないふりをすることにした。
「ガイ」「なんだ?」
私はそっと立ち上がる。屋根の上でくるりと一回転をして見せてからおどけたような笑みと共に手を差し出す。手に乗せられたそれは小さな小さなチョコレート。どうぞ、と笑って言えば困ったような顔を返される。しょうがないからひょいと投げてやると慌てたように、でもきちんと受け取ってくれた。それを確認してから私はさらに笑みを濃くして言うのだ。
「ねえ、あの満月まで逃避行なんて洒落込みませんか」
列車の切符はチョコレート。受け取ったのだったらちゃんと付いて来て?
月まで逃避行