「仮定の話をしようか、」
 そう言って私は、仕草がかった仕草で指を組んでみせた。セレスはそんな私に、至って冷ややかな眼差しを送る。
「もしもの話ほど、今の状況下において無意味で無価値なものは御座いませんわよ。あくまで我々に求められているのは、」
「妄想よりも順応、って言いたいんでしょう。ま、それも悪かないけどさ。でもそこであえて、そんな無意味で無価値な空想を広げるのも面白いんじゃないかなと思って」
「……時間の無駄ですわ」
 そう言ってため息をつくセレスを見て、私はシルクハットを弄りながら意地悪く笑った。あくまで、この芝居じみたスタンスを崩す気はないのだ。
「例えば、私たちが友達だとして」
「有り得ない話ですわね」
「そうすると放課後一緒に帰る約束なんかしちゃうわけだ」
「貴方ね、」
 遮ろうとするセレスに、私はそっと自らの唇へ指を当てた。セレスからはもうため息しか出てこないみたいだった。こうなったら最後までつき合った方が手っ取り早いだろう。そう、彼女の冷静な部分が判断を下したのかもしれない。急に、にこりと笑った。本当に読ませない人だと思う。一体何人の人間がこのポーカーフェイスに騙されたのだろうか。
「ところが、予報にない雨が降ってくる。そりゃ酷い雨だよ。私はうっかり傘を忘れてしまったわけだけど、セレスは傘を持っているかな?」
「ええ、もちろん持っていますわ。あら、もしかして貴方、置き傘もしていないのですか?」
「そこで私は頼むわけだね。どうか私も入れて下さい!って」
「うふふ、そんなの、もちろんお断りですわ。貴方まで入れたら、私が濡れてしまいますもの」
「“じゃあせめて、学校の近くにある喫茶店まで行こう!私が奢るし、傘だって荷物さえ入れて貰えればいいから!”」
「……」
「……」
「……」
「……あー、えっと、」
 そんな、残念なものを見る目は止めてほしい。私は思わず頬を掻いた。
「……うん、何だかんだで君は入れてくれるってことにしよう。ほら、友達だからね」
「妄想すら上手く広げられないなんて、全く残念な人ですわね」
「手厳しい!……ま、とにかく喫茶店までたどり着いたわけだ。君、注文は?私の奢りだから好きにどうぞ、」
「ロイヤルミルクティーとミルフィーユでお願いしますわ」
「ふふ、承りました。少々お待ち下さい」
 それを聞いて、私は手元のシルクハットをくるりと回した。ポンッと軽い音と共にステッキが空中に浮かび、まるで意志を持っているかのような動きで私の手のひらに収まる。そっと受け止めたそれで、何度か帽子の縁をなぞり、最後は指でノックするように優しく叩いた。こつん。私はニヤニヤとまるでチェシャ猫のような笑みが浮かぶのが止められない。一体どんな反応を返してくれるかな、とセレスを伺う。眉をしかめた彼女が私と私の手元を見やり、そして大きく目を見開いた。
「ご注文の品はこちらで御座いましょうか?」
「……」
 そう言って恭しい動作と共にテーブルに現れたのは、彼女の注文通り、ロイヤルミルクティーとミルフィーユだ。辺りに、ふわりと紅茶とミルクの柔らかな香り、そしてパイの香ばしさと苺の甘酸っぱさが香る。
「まぁ、」
「うふふ、びっくりした?」
「……伊達に超高校級の奇術師なだけありますわね。鮮やかですわ」
「お褒めに預かり、至極光栄で御座います」
「でも、さきほどの話には結局意味が御座いまして?」
「ふふ、それは、」
 ──それは、私なりの友愛のつもりなのですよ。
 後に続くはずの言葉は飲み込んだ。
 そう、これは始めに言った通り、あくまで仮定の話でしかない。こんな捕われた生活の中で話される、他愛もない与太話のうちの一つだ。意味も理由も結末すらもありやしないし、嘘か本当かすら分からない、そんな話。
 それでも私は、彼女に感じた友愛のほんの一部でもいいから、現実のものにしてみたかったのだ。もしかしたら、そんな話があったかもしれない、そんな交流が築かれていたかもしれない、という祈りをささやかな奇術に込めて。

  「……ねえ、楽しんで頂けましたか、マドモアゼル?」






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