「……ッ、」
 チリチリと自身のうなじの毛がそそり立つような気がして、思わず首をすくめてしまう。ぱしりと首筋に手のひらを当てれば、横に居た静雄くんが酷く不思議そうな顔で見上げてきた。
「……?、どうしたんだ?」
「ん?あぁ、なんでもないよ」
 ──ちょっと、嫌な予感がしただけで。
 にこりと笑いながら、そう続くはずの言葉を飲み込んだ。それにしても。
(こう言う時の勘だけは当たるんだよねぇ……しかも、もうどうにもならないヤツに限って!)
 内心、苦々しく思う。そして今回は一体どうするつもりなのかしらと思わず新宿の方向を向いてしまった私は、どうやら折原くんに大分感化されてしまっているらしい。大変不本意だ。一生の恥である。ああ、恥ずかしい。

 ところで現状の説明がまだだったように思うので、軽ーくではあるが、状況を話させて頂こうと思う。
 静雄くんと本日の夕飯の買い物(近頃寒いのでお鍋で要望が一致した)を終えたその帰りに──つけられている。そりゃもうガラの悪そーなお兄さんたちに、である。私と静雄くんは至って善良なる市民であるはずだから、その手の人とは関わりになるはずがないんだけども。ねえ。やっぱり、アイツの所為だよなあ、
、」
「なぁに?」
「おれたち、つけられてる」
「……おっと、」
 伊達に池袋の喧嘩人形と言われているだけある、ってか。どうだ、私の虫の知らせよりよっぽど当てになるじゃないか。
「困ったねえ。何か悪いことしたの?」
「してねえ!……っうーかそれよりこっち見てくんのがほんとうにうぜぇ、うぜぇうぜぇうぜぇ……」
「はい、どうどうどう……落ちついてー深呼吸ー」
 胸に手を当て、深く息を吸ってみせると静雄くんも不器用な様子ながらも、ちゃんと真似してくれる。うんうん、素直な良い子だ。
「さて、どうやって逃げようかなぁ」
 私の選択肢に戦うと言うものはない。事なかれ主義なのだ。だって、痛いのなんて嫌だしね。
 そうして静雄くんの手を取り愛の逃避行を言わんばかりの勢いで駆け出そうとして──つんのめった。そりゃもう盛大に。危うく転びかけたが静雄くんの力が強いお陰で何とか事なきを得た。が、そもそもの原因は、
「静雄くん!」
 なのであった。私が折角手を引っ張っても、彼はしっかりと前を見据えたまま、動こうとはしなかった。
「ちょちょちょちょ、ちょっと!どうしたの、逃げないと駄目でしょう!」
「だいじょうぶだ、おれが全員ぶったおすから。にケガはさせねーよ」
「…………まぁ、」
 こんなちっちゃいのに、一丁前に男ぶっちゃって。まったく、……こりゃ将来女の子に囲まれるなあ。うふふ、今から楽しみだ。
 そう私が無意識に浮かべた笑みが合図になったのだろうか、静雄くんは近くにあった標識をへし折り──駆け出した。そのあだ名に恥じる事のないスピードで飛び出した静雄くんに、怖そうなお兄さん方はぎょっとした顔を見せる。ああ、合掌。
「おいてめーら、おれらのあとをつけてたよな?ストーカーってはんざいって知ってるよな?はんざいをするようなヤツってぇのはつまりわるいヤツだよな?わるいヤツは……ぶっとばしていいよなァ!?」
 私は公共物も含む色々なものが原型を失っていくのを尻目に、彼へのお説教の内容と、それと喧嘩となれば頼りになる静雄くんへのご褒美は何にしようかと考えを巡らせる。
 ──後は、語るに及ぶまい。





つくと
たのもしいそんざいです






 某所某マンションにて。
「──で、どういうつもりなのかな、折原くん?」
「あは、やっぱりにはバレてたかぁ。例の当てにならない勘とやらかな?それとも、俺専用と化しちゃった虫の知らせのお陰かな?」
「俺専用とかマジきもい本当にしんでしまえばいいのに」
「まあまあ、そうつれないこと言わないでよ。俺は君に感謝してるんだよ?ホント、は良い仕事をしてくれたよ。思い通りすぎて気持ち悪いくらいさ。シズちゃんを去勢した猫みたいにしてくれてありがとう。すっかり腑抜けにさせられちゃって……笑っちゃうねえ」
「……はあ、なに、折原くんってそんなに暇なの?情報屋はただの引きニートなの?ヘンタイの発想ってよく分からないわぁ」
「お金と情報だけはあるからね、自分の趣味に費やしたっていいだろ?おや、それとも何かな、そっちこそ俺のことが羨ましいのかな?おお、嫉妬は怖い怖い!でも、あんなボロいアパートに住んでるおバカさんなが、俺をどうこう出来るはずがないだろ?」
「おま、それは完全に自分を過大評価しすぎだろ。あれでも池袋じゃ普通のアパートだわボケ。それとも何、自分は特別ってか?うーわ、厨二乙、マジで乙。きもいわーマジないわー」
「前から思ってたけど、、語彙が少ないにもほどがあるよ。きもいとしねしか言ってないし。そろそろ電子辞書の購入を勧めるよ。なんなら買ってあげようか?それでの語彙が、一ヶ月後にどれだけ増えたか観察するのも面白そうだ」
「あらゆる表現を削って削って出来た、テメーに対する言葉だから有り難く拝聴しろ────しね!マジで!」