平和島静雄。
その名を聞いて無反応で居られる人間が池袋にいるなら、そいつはモグリであると言っても良いだろう。暴力と短気を溶かして人型に固めたら出来上がりそうな人間で、実に名前負け、いやある意味では名前勝ちしていると言える。そして。
「これからしばらくせわになれってかすかが」
そんな人間が。
玄関開けたらちょこんとおわしましたのは何故でござろうか。くちょうがおかしくなるくらいにはこんらんしているのだけども!
ぱたぱた左右に振れるしっぽ、ぴこぴこと忙しなく動くお耳、ぎゅうとリュックサックの持ち手を握ったまま、きらきらと興奮と好奇心に彩られた瞳でこちらを見上げてくる少年は酷く可愛らし……じゃなくて!
はい、吸ってー吐いてー深呼吸してー、手をぐーぱーぐーぱー握ってー開いてー……うん、目の錯覚じゃなーい。気のせいでもなーい。にゃんこなしっぽとおみみの付いた彼はその圧倒的な暴力に於いても、その容姿に於いても話題に事欠かない少年だから別人と言うことはあり得ない。ならなおさら何故!
「えっと、静雄くん、で良いのかな」
「……おう」
「何故ここに?」
「さっきもいったろ、かすかがお前にせわになれって」
かすか。かすかってあれだ、人の名前だよな、そして私の記憶する限りそんな名前のヤツは数少ない高校時代からの友人であり今や一世を風靡する俳優である平和島幽しかいないわけだが。もしかしなくともその幽か。そう言えば名字一緒じゃん。何故自分は今の今まで気付かなかったんだろうか。
「(ああ、なんか大まかに把握してきたな)……幽くん、何か手紙とか持たせなかった?」
「あるぞ!」
そう言って手渡された手紙(ポケットに無造作に突っ込まれていた所為でくしゃくしゃ)の内容を要約するとこうだった。
『長期の海外ロケに行くことになったから世話を頼みたい』
『一人暮らしで都合が良さそうな人間が私くらいしか思いつかなかった』
『世話代と謝礼は本人に渡してあるのでそれを使ってほしい』
『お土産は何がいい?』
である。なんとまあマイペースなことだろうか。
友人の様子が昔と全く変わっていないことに怒りよりも呆れの方が大きい。
ちら、と視線を送った先には不安げにこちらを伺う少年の姿。これを無下に追い払える人間がこの世に居るだろうか、いや居ない。むしろそんなヤツが居るなら私が直々に成敗してやろう。
ええいくそ、なるようになれってんだ。
あるていどのきけんを
かくごしましょう