「……あるぇ」
 私は小さく頭を傾がせた。
 こめかみに指を押し当て、しばらく思案してみるものの、今この状況に至るまでの理由は分からないままだった。いや、別に分からないこともないっちゃあないのだけども、何となく納得いかないと言うか。腑に落ちないと言うか。

 ──だって、ねぇ、身体が動かないんだもんよ。

 あらかじめ言っておくが、別にこれは危機的状況だとか、そんな漫画的な状態にあるわけではない。ただ物理的に、そして心情的に動けないと言うだけである。
 そう、断じてこれは、私の肩にもたれ掛かるようにして眠るルフィの寝顔をもっと見ていたいなぁとか、なんだかんだで引っ付いて来る身体が暖かくて気持ちいいなぁとか、そんな不純な理由からではない。私が違うと言ったら違うのである。
 誤解を招きかねないからはっきり言っておくが、ただひたすらに彼の身体が、私の自立及び二足歩行の邪魔をしているだけなのだ。
「グゴォォオォ……!」
「……うるせ」
 そして、イビキが猛烈にうるさい。腹の中でクジラでも飼っているんではなかろうか。そしてそのクジラ共々、私の鼓膜破裂を狙っているに間違いない。断言出来る。それでなきゃ何だと言うのか。
「にくぅ……うめぇ、もっとだぁ……」
 ……しかもこいつ、乙女の柔肌まで借りておきながら、言うことがこれって。もっとマシなことは言えないのだろうか。
 思わずでっかいため息がこぼれる。今逃げて行った幸せをこの男はどう弁償してくれるのだろう。言ったところで「わりィ、じゃあ次の探検に連れてってやるよ!」とか言うのだ。そしてそれでも構わないとか思ってる自分が居るのだから、本当タチが悪い。なんでこんな阿呆面のヤツに、こんなにまで人を引きつける力があるのか。世の中良く分からない。
「あほらし、」
 もちろん、そんなことをうだうだ考えたところで、何にもならないことは百も承知なのだ。
 どれほどこっちがこいつを心配しようが愛そうが、あの黒々とした瞳は冒険から、この海から、そらされることはない。そんなこと知っているし、それくらい分かっている。だからこれはちょっとした趣向返し。
「ゆっくり寝させろってーの、ばあか、」
 ごつん、と頭をぶつけ、腕を絡ませながら、私も夢の中へダイブすることにした。精々起きた時に、ルフィも私の処遇に困ってしまえば良いのである。



無駄なこと
(────誰が、悔しいだなんて、まして、あいしてるだなんてそんなこと、言ってやるものか!)