( その感情はなんて言ったら良いのだろう。何となく、甘いような、苦いような、どこか満ち足りているような、手が届かないような、ぴりぴりと舌先が痺れるような、目眩がするような、そんな感じ。でもそれだけじゃあ、この気持ち全てを表せているわけではなくって。私はそこに、もどかしいような、と言う言葉をそっと付け加えたのだけど、ああ、でもまだ足りない足りない足りない、のだ )


 くらり、と視界が反転するのに任せ、頭から後ろへと倒れ込んだ。甲板に敷き詰められた芝生は、勢い良く倒れ込んできた私の身体を精一杯受け止めてくれる。と言ってもちょっぴり痛い。自業自得である。何となく居たたまれないのと、太陽が眩しいのとで、私は腕で顔を覆い隠しながらそっと息を吐き出した。
「何やってんだ?」
「……あ、やっほー」
「おう、やっほー」
「暇だから倒れ込んだところですよ、船長」
「そっか。じゃあおれも倒れ込むことにする!」
「え」
 そう言うが早いか、我らが船長は先ほどの私よりも勢い良く甲板へと倒れ込んだ。一瞬、痛くはないのだろうかなんて思ったのだけど、ばちりと目線が合った途端にしししっと子供みたいに笑う船長の様子を見ていたら、そんな心配は吹っ飛んでいた。それにそもそも、彼の身体はゴムなのだった。うっかり失念していた。
「うはーッ、風が気ン持ちいいなー!」
「そうだねえ。日差しも気持ち良いし、何だか私は眠くなってきたよ」

「うん?」
 跳ね上がる心臓をそっと押さえながら私は平静を装い、言葉を返す。ああ、なんて白々しいのか。
「まだ寝ちゃダメだかんな」
「……それは船長命令かな?」
「当ッたり前だろ!おれはに相手してもらおうと思って来たんだからよー」
「あららら、そりゃ光栄と言うかなんと言うか…………って、ルフィ、」
 私の頭上におや、と疑問符が浮かぶ。さっきまで横で元気に寝っ転がっていた人間が何時の間にやら、自分を見下ろしているのである。忙しないなあ、なんて思いながら、ぼんやりと彼を目で追っていると、日よけにしていた腕を外される。眩しさに、すうと目を細めた。彼の表情は逆光になって良く分からない。ただ、シルエットだけが鮮明に映って──

「        、」

 ──あ、と思う間もなかった。耳元で軽いリップ音が鳴り、私はへえ?と気の抜けた声を出した。目を瞬かせる様子がよっぽど面白かったのだろうか、船長は酷く満足そうな顔で笑う。馬鹿みたいに熱を持った頬と、潮と汗の香り。私の思考をスパークさせるにはそれだけで十分だった。
 私は思わず小さく息を詰まらながら、子供のように身体を丸める。だけれど、そんなんじゃあ、この膨張する一方の感情は処理しきれない。ぼそぼそとした音量で何とか抗議の声を上げるのが精一杯だった。
「ふ、ふいうちすぎると思うよ、」
「?おれがしたかったから、しただけだぞ。……あ、もしかして嫌だったか?」
「……ずるいよ、それ」
「あ?何でだよ?」
「…………なんでも、だっつーの、あほ」
 さっき、あれだけ悩んでいたのが馬鹿みたいだ。いや、むしろ阿呆である。悔しい、悔しい。ぼろぼろと零れて来た涙が、悔しさからなのか、それとも嬉しくて仕方がないからなのか、それすら良く分からない。兎に角、腕の中に縮こまるので精一杯だったからである。


( 嗚呼、どうやら、もしかしなくても私は──── )



あ、と思ったらすぐ